青写真を描く

 貫が行き着いた先は、ここで合っていたのだろうか。それでもアッシュには想定内のようで、落ち着き払った様子で質問に答えてくれた。掌で踊らされている感覚はあまり好きではないが、それが一番効率的だったのかもしれない。


「な、によ」


 空気に耐えられずベルがたじろいだ。彼女の唇を、再び動かすことはできたようだ。警察側はこれ以上引くことはないので、あとはその場の重圧で攻めていく。目覚めた間際で考える能力も低い聖女にとっては、居た堪れなくなる場所だった。


 それに、確かめるとの言葉も気になるところ。もしや本当に、確かめに行くつもりなのか。本人に、直接、答えを聞き出してくれるなら。いやダメだ。それが求めていたものでなかった場合、辛くなってしまう。


 だけれど。


「……わたくしの、他に、奴らが買い付けていた、奴隷商がいる」


 自分の人生を掛けた画家へ、己の存在を少しでもいいから植えつけてくれないか。


 と、一縷の望みを投げてしまった。実際、できる可能性は薄い。でもどこかで、ベル・ガロファーノの名を出してほしい。


 人の子を売り飛ばしたくせに、自分は教会という玉座に鎮座していた。Nと相見えたいなら、その身体を差し出せばよかったのに。


 ――いまさらそれに気付くとは、わたくしとて狡猾な人の子だ。


 と、ベルは嘲笑した。これから改めようとする気など、さらさらないのだが。


「シスター、助かります。貴女の処分は、またいつか言い渡されるでしょう」

「そう、楽しみに、しているわ」


 次来る通知は死の宣告。審判を想像すれば心臓の奥まで燃え盛るようだ。全身を焼かれたときとは比べものにならない。魂さえも火で炙られる感覚を味わえるのは、人生で一度きりである。


 憐れんだ顔をするものではない。天に召されるのは父からの救いなのだ。


「父……。そう、父、ね」


 情報提供をしてしまえば、男たちは病室をそそくさと出て行く。彼らがいなくなってからベルは何かを思い出したように呟いた。灼熱のキリスト像と抱擁を交わしたけれど、父に対する信仰心は薄くなりはしなかった。どうせあれはただの金属の塊である。


 天にまします我らの父は、現世に蘇り芸術家の道を歩いている。それがNだと思っていた。聖職者になって、家族さえも捨てたベルには、唯一の信じられる事象だった。いつかその妄想は自分の中の大部分を占めて、いったいどこからが夢でどこからが現実なのか定まらなくなった。


「皮肉、ね」


 憧れのNとの関係が、いまここでアッシュの手によって繋げられようとしている。万が一会えたところで、あの少年は別段特別な事柄だとも思わなさそうだ。また、退屈な日々を過ごしていくのだろう。人に対して執着心がない顔をしていたあの子でも唯一、神を描いた絵画については熱を持った瞳を向けていた気がする。


 父に子を返す時が来た。


 もし次回があるのなら、その言葉を送ろう。なくとも、アッシュは頭のいい子だからどこかで気付くはずだ。それまでベルは死んだように眠っておくことにした。

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