プラグマ(永続的な愛)

「うちに何か用?」

「ひぇっ!?」


 貫が嶋家のチャイムを押した直後、横から声を掛けてきたのは、またも女子中学生だった。櫻のミディアムヘアとは違い、短くカットした髪を揺らしてスポーティな雰囲気を醸している。ただ大人への接し方は同じようで、怪しい人物と見るや否や攻撃的になっていた。


「あ、ええっと……」

「ヒタクのご親族ですか?」


 過程をすっ飛ばすアッシュが、率直な質問をした。その問いを聞いて少女は片眉をぴくりと跳ね上げ、さも不機嫌そうに答えを吐き棄てる。


「……あぁ、兄です。戸籍上は」

「うたちゃん? おかえりなさい。あ、刑事さん、引き続きすみませんね……」


 昇の妹と鉢合わせした直後、玄関が開いて母が出迎える。うた、との名前の少女がさらに怪訝な表情を見せるも、母親が許していると感じれば、いくらか柔らかく迎えられているようだった。


「刑事? お母さん、大丈夫?」

「う、うぅん……」

「またあのバカが何か問題起こしたのね!? お母さん悲しませるなんてヒドすぎる!」


 うたは、勝手に推測してぷりぷり起こっている。が、実際そうなのだから言い返すこともない。女子の観察能力は長けていて、加えて家族ともあれば尚更なのだろう。


「お母さんもあの子には、いろいろと言ってるんだけどね……」

「バカだもん! もっと言わないと分からないよ!? うたみたいに秀才じゃないから!」


 実の兄だと言うのに、ひどい言われようである。自分のことを秀才と言ってのける少女もどこまでが本気かは計り知れないが、言葉の端々には鋭さがあった。


「そう、よね。ありがとう、うたちゃん」

「あの、お取込み中失礼ですが、我々はヒタクと面会してもいいですか?」


 唯一空気の読めない――否、読もうとしないアッシュがこの場を切り拓いてくれる。いつか母親・綾がこちら気付いてくれないかと待っていた貫があたふたと状況を鎮めようと試みたが、結局のところ喋る内容も思い付かなかった。


「ええ、そうですね。いまご案内します、どうぞ」

「助かります」

「……すみません」


 どうしてか貫が肩身の狭い思いをする。子どもを持つ親にとってはアッシュの失礼な物言いも若者の戯言だと捉えることができるのか、心の器も大きいと見えた。スムーズに優しく受け取って、否定することをしない。受け取る懐が深ければ深いほど、子は安心してすべてを預けられるというもの。まさに母の鑑だと貫は感じていた。


「昇、開けるわよ」


 やがて到着したのは、階段の下についた小さな扉の前だった。明かりは来ているものの――それでも電気のスイッチは外にある――静かで、若干湿気がありそうな場所である。このような場所があるなど貫たちは気付きもしなかった。


 ――物置部屋だ。

 と、ふたりは直感的に理解する。


「お恥ずかしいです、あの子は出来が悪いので、物置で反省中なんですのよ」


 苦笑しながら扉を開ける。あおり止めと呼ばれる小さなフックの鍵を外しドアを引けば、低い天井の部屋で少年が椅子に座っていた。以前と同じ、よれたシャツに簡素なジーンズの恰好のままである。ただひとつ違うのは、耳に大振りのヘッドフォンがしてあることだった。


 階下とはいえ、幅は思ったより広かった。さすがは高級住宅街にある邸宅である。彼の前には机に乗った古いデスクトップパソコンがあり、粗い光を発している。横には綺麗に、それでいて使い込まれた工具箱。人の気配を察知して、板張りの床にキャスター付きチェアを転がし昇はヘッドフォンを取って振り返った。


「母さん、……と、今日はどうしたんですか?」

「昇の様子を見に来てくれたのよ。後でお茶を持ってくるから、失礼のないようにね」


 張りぼての優しさに包まれて、剣呑さを見せる。先程のうたとは打って変わって、昇に対してはつっけんどんだった。眼光も冷ややかで、どこか違和を感じられる。


「分かった、ありがとう母さん」

「……。それでは、ごゆっくり、とまでは言えませんけど、また後程伺います。申し訳ありませんが、うたが帰ってきたのでこちらでお話しください。あの子には昇を会わせられないので」

「え……? あ、はい」


 貼りつけた笑顔で綾が退室していく。母に事情を聴く隙もなかった。仕方がないので昇に向き直り、少しばかりの会話を行うことにする。親族の目がなくなって不躾を怒られないからなのか、昇は外したはずのヘッドフォンを片耳にのみ宛がった。

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