飲んでから言えマジ黙れ
「今日も夜叉くんのところに行くの?」
「もちろんよ!」
意気揚々と終業し、急いでカバンを引っ提げていつものように『命の水』に向かうアナを引き留めたのは、芽衣だった。夜叉と知り合ってから常にお願いしていたが、本日は珍しく同伴はない。芽衣はと言うと、何やら気まずそうな顔をしている。
「あ、なんかね、今日は……体調不良なんだって。連絡、来てないかな?」
「えっ、そ、そうなの!?」
遊びに行けば常に、そこに夜叉は待っていてくれた。その彼が体調不良などと、いったいどうしたことだろう。変な女に宛てられたのか。職業柄絡まれることもあると聞いた。それに床に臥せっているなら、いま心細かったりしないだろうか。病気は重いのだろうか。
慌ててスマホを確認する。が、メールは届いていなかった。連絡する気力がないのだろうか。ならばどうして芽衣にだけ。たまたま目に留まって、それで、だろうか。まさか彼女が夜叉に頻繁に連絡をしていてそれで気が滅入ってしまったのか。もしや、夜叉は連絡を強要されているのではないだろうか。
いや、彼女に限ってそれはありえない。
「あっ、たぶん、たまたまわたしのところに先に連絡が来ちゃっただけだと、思うから……」
「そ、そうだよね! 夜叉があたしのこと、無視するはずないもんね!」
「う……うん。そう、だね」
最後の肯定には若干の曖昧さが残るが、アナが気にすることでもなかった。久し振りに真っ直ぐ家に帰ろうとしたのだが少し思い直して芽衣を食事に誘うことにする。もちろん夜叉のため安い居酒屋で、会計は折半でお願いするつもりだった。
「えっ!? あ、ご、ごめん! ちょっと用事があって! また今度一緒に行こうね!」
けれどすんなり断られてしまって、アナは軽く肩を落とす。短い別れの言葉を告げて外に出れば、天気はぐずついていた。すぐに泣き出したのでアナは傘を広げて家路に着く。帰宅しても何もやることがない。
足を動かしながら芽衣のあの焦りようを思い返してみた。もしかしたら彼女はどこかで春が来たのかもしれない。世間は梅雨真っ只中だというのに、お
「あ、じゃあもう、一緒にホスト通いはできなくなるのかなあ?」
――少し寂しくなるな。
と傘の間から空を仰ぎ、虚ろな瞳に湿気をため込む。歳を取ると涙もろくなっていけない。まだギリギリ二十代なのに。恐らくは体力が足りていないのだろう。感情のたがも外れやすくなっている。
その憶測の通り、ホストクラブに誘っても芽衣は来るのを渋るようになった。他の男と遊んでいると思われたくないのだ。その気持ちは良く分かる。だって自分も夜叉以外の男性と一緒にいると思われたくはない。
「夜叉は?」
「申し訳ございません。本日は九時からの予定でございます」
「……今日も?」
良くないことは重なるもので、夜叉の入り時間が遅くなることが増えていた。以前体調を崩したのもあり、出勤時間を減らしているのだろう。同伴やアフターをお願いしても、いまは後輩を育てたいとかで、どこへ行くにも邪魔者が付いて回ってくるようになった。それでは場も白けるし、夜叉の後輩に奢りたいわけではないので現在は頻度を減らしている。
クラブ内では夜叉が隣にいてくれるけれど、そこだけでの逢瀬となりつつあった。本日も出勤が遅いと言うので待っているが、夜叉が来るまであと二時間近くある。いつもなら大人しく店で待っているところだったのだが、久しぶりに雨が上がったので外を出歩くことにした。構いやしない、太客だ。どこでどう暴れようとも、いつまでも見逃してくれた。
「夜叉?」
けれど、アナはそこで見てしまった。手を繋いで、肩を寄せ合って、恋人と仲睦まじく出歩く姿を。決して自分にはしなかった態度で、親友と、笑い合う景色を。
「……と、芽衣?」
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