‐美しい変化‐
「帰った? どこに?」
さほど時間も経っていないはずなのに、学校には目当ての人物はいなかった。放課後、おっとりしたクラス担任に話を聞こうにも、授業後の生徒の動向は見ていないと言う。ホームルームには出席していたと記憶しているらしいが、確実な証拠はなかった。
だが下駄箱を調べれば確かにローファーは見当たらず、代わりに上履きが置いてある。まさか靴が独りでに歩き出したわけではあるまい。それでもそのぶっ飛んだ推理が、どれほど現実であればいいと願ったことだろう。
救出を願った少女は、どうして勝手に出歩いたのか。あれほど怯えていたのに、その行動の意味が分からず貫は頭を掻く。本当に帰宅したようだった。
「帰ってしまったのですね。仕方がありません」
「何を悠長なことを!」
「ここで考えてもどうしようもないですよ。行けばいいんです、彼女の家に。ですがひとつ、見ておかねばならない場所がありますね」
言ってスタスタと勝手に歩き出したかと思えば、校門とは真逆のほうへ向かう。貫が急いで止めようとしたが、それでも彼は止まらなかった。やがて辿り着いたのは色とりどりの花が咲き誇る、小さな花壇であった。だがそれは、一般人の目から見ると多少なりとも違和感がある代物だ。
「な、何て言うか……ぐちゃぐちゃだな」
「ふむ。しかしこれが、彼女なりの整理整頓なのでしょう」
アッシュがしきりに口にする『彼女』が誰を意味するのか薄々気付いてしまった。けれど確実性が出てくるまで自分は言わないことにした。どこで誰が聞いているか分からない。むやみに少女を傷付けてしまう可能性も残っている分、迂闊に警官は外で喋れない。
いまは花壇のことを考えるべきだ。確かに様々な植物が謳歌するそれは、普段目にするものとは配置が違っていた。縦や横に列を作っていないのである。むしろ最初から人の手が入っていないのではと勘違いするほどだった。
「自生しているものは見受けられませんね。土の状態も悪くありませんし、世話をしていたのは間違いないでしょう」
その思考を読み取ったのか、アッシュが周りを観察していく。園芸に親しんでいる様子ではなかった。もしや先程の図鑑で、早くも厄介な知識を身に付けたのでは、と感じる。
「ではあえて、ここに植えたのですね。だがわざとではない。このようにしか植えられなかったのです」
野山にも似た無法地帯は、確実に誰かの愛情を受けて育っている。列を作れない子どももいるだろう。ごちゃごちゃしていたほうが心地良いと感じる人物だって、いるのは確かだ。優等生だからこそ、自分が快いと感じる場所を荒らされると激昂するのかもしれない。乱れた花の列の端には、一部だけ綺麗に揃えられている箇所があった。
「えっと、葵さんって、下の名前……何だっけ?」
「
「安歩ちゃん! 安歩ちゃんって呼んでもいい!?」
もうすでに呼んでいるが、気にする素振りもなく葵はにこやかに接する。それは女子中学生の特権でもあった。誰とでもすぐに仲良くし、しかしクラスが離れればいとも簡単に関係は切れてしまう。
「……いいわよ」
こちらは決して名前で呼ぶことはない。いつまで行っても葵は、櫻たちのことを他人だと認識していた。今後変わることはない。むしろ憎むべき相手であった。この女どもが気付かないのが、とてつもなく腹立たしい。
「今日はありがとうね! 一緒に帰ってくれるだけでもありがたいのに、ウチに来てくれるなんて!」
だから計画したのだ。愛する植物になぞらえて、侮辱した罪を償わせる。窮地に優しくすれば、
「そう? お家にいたほうがいいと思って。最近は警察も当てにならないのよ?」
「あー、それは確かに! わたしがいくら言っても、ちゃんと捜査してくれなかったし!」
ムカつく、とかありえない、とかをほざけば、すぐに喉が渇いてしまう。今日はカラオケにもカフェにも寄ることなく、真っ直ぐに帰ってきた。葵を誘おうかとも思ったのだが、彼女が遊んでいる姿が想像できず、言うのをやめたのだった。
そのおかげで葵が家に来てくれるのだから、これはこれで万々歳だ。こうして二人は互いに互いの思惑も知らずに過ごすことになる。
「安歩ちゃんも遠慮しないでお茶飲んでね? ただの麦茶だけどさ」
大したものを出せない照れからか、櫻は肩を竦めて笑う。葵は一瞬鼻で笑いかけて、作り笑いを貼り付けてきちんと優等生らしく対応した。
言われた通り遠慮なく、仕留めさせてもらおう。警察がべったりだったせいで少し計画を練り直さなければならなかった。本来ならば明日に決行する予定だった。これまでもその信念で彼女たちを陥れてきた。
だが、信念を曲げてでも、葵にはどうしてもやり通さねばならなかった。そう思っていた矢先に、幸いにも男らが離れたのだ。みすみす好機を見逃すことはできない。
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