‐同情‐

「榴ヶ岡さん」

「っ、葵さん!?」


 男たちが出て行ってから感慨深く耽っていた櫻は、ドアのすき間からそっと見守っていた葵に声を掛けられた。異性の前だからとつんけんしていたけれども、同性同士の会話では元の柔らかさに戻る。


 やはり気になったのか、教室に戻るふりをして様子を窺っていた。


「その、大丈夫? あんまり私からそう言われるのも、嬉しくないかもしれないけど……」

「そっ、そんなことないよ! 心配してくれて、ありがとう!」


 少女は急いで、笑顔で礼を述べた。失った友人の代わりにこの身を案じてくれているのだ。確かにあまり親しくはないが、全く知らない仲ではない。話したことだって何回かある。


「そう、それなら良かったわ」ふ、と葵は笑みを綻ばせた。「そうそう、私が花壇の水やりをしていたこと、良く覚えていたのね」


「あ、うん。お花、キレイだなとは思ってたから」

「……他には?」


 その質問の意図が分からず、櫻はきょとんとする。他に何かあっただろうか。もしかして今回の件のヒントでも落ちていただろうか。思えば花壇は校舎の裏。人気も少ない場所だった。あの場所の近くには絶好のサボりスポットがあって楓と花梨とよくつるんでいた。


「他には、何か覚えてないの? その、周りのこととか」


 もしかするとどこかに犯人らしき人物が潜んでいたのかもしれない。陰に脅威が迫っていても不思議ではない。


 だが、何も思い出せない。


「あー……。それが、全然」


 同性だからか少し気が緩んで、櫻は困ったように笑う。先ほどアッシュに言われた『放火犯』のワードの真意をすでに忘れている証拠だ。新しい、不穏な単語には知らず知らずフィルターをかけるようにできている。まだ誰かが守ってくれるはず。社会を知るのは、もう少し先でいい。と先入観を作り出す。


 本当にどこかに悪意が潜んでいるかもしれないのに。子どもだろうが容赦なく、みな平等に来襲するというのに。


 葵は委員長だから周囲の観察には長けているのだろう。ぽやぽや生きていた自分とは違うのだ。


「…………そう」


 やはりそうだ。頭がそこまでよろしくないので気分を害してしまったのか、葵は静かに落胆したふうに見えた。鈍い思考回路を叱咤されてしまうかもしれない。


 でも話せる相手がいるのは心強い。彼女はきっと、アイデアをくれる人だ。





「やはりイズルの隣は落ち着きます」

「お前……櫻ちゃん放っといていいのか?」


 溜息混じりに軽く悪態吐いて、貫は車を飛ばす。アッシュが指定したのはいつもの本屋だ。参考書でも買いに行くついでに、事件について話をまとめる。


「本日は恐らく。キスツスはそういう花ですからね。ですが、明日はどうなるか分かりません」

「げ、それマジ? じゃあ早いところ解決しなきゃじゃない?」


 苦笑いしながら、よもやと貫は思う。発火対象者には何かしらのメッセージを込めて花を贈っている。そこまでは何となくながら読めてきた。


「その、キススス? キツツキ? って何だ?」

「キスツス・アルビドゥス。発火現象を引き起こす植物ですね」

「そんなのがあるのか!? 燃えるって!? 花が!?」


 アッシュは、現場からいつの間にか持ち出したキスツスを愛でている。朝あったときと比べ現在は萎れているが、陽の光に照らせばまだ生き生きとしているように見えた。その姿さえ、貫にとっては恐々するものだ。ここで燃えられたら堪ったものではない。


「はい。気温が三十五度以上になると発火作用のある分泌液を出すのです。少しの衝撃でも火事を巻き起こし、山ひとつくらい容易く始末するでしょう」

「え、じゃあ今回の発火原因って――!」

「それはないですよ。現時点の日本ではそこまで高い気温にはなっていませんし、もし実際燃えたといってもあのような燃え方にはなりません」


 謎の人体発火事件だったから、直結して考えてしまった。本当に花から火が出るとしてもそれが人の身体に飛び移るにはかなりの手間と時間を要する。じっと佇んでいる森林ならまだしも、植物だけで殺人は難しいはずだ。


 遺体は、真ん中から燃えていた。頭と手足に火は至っておらず、さらにその他の布団以外の家具についても燃えた痕跡はなかった。人体のみ発火したのだ。キスツスが仮に燃えたとしても、その遺物には違和感しかない。


 これを事件で処理しようと決めたのだから、上に対しては少し猜疑心が残る。が、それに従わざるを得ない己も同じ穴の狢だ。


 いまは焼死体の件について考えよう。


「それに実は山火事の件も、迷信があるだけで事例はありません」

「えと、じゃあ……どういうこと?」

「その前に、オレに本を買ってください」

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