‐控えめな美点‐

「え、花? 置いてあったっけ、そんなの?」

「見たような気もするしぃ、見てないような気もぉ……」

「いつも遅刻ギリギリだから分かんなーい」


 中学生の記憶も当てにならない。せっかく若い脳細胞を存分に働かせるチャンスだというのに、むざむざやめてしまっていた。とどのつまり、誰の聴取も役に立たなかったのだ。


「えーっと、君は、どう?」

「……さあ。いつの間にかありましたよ」

「葵さん、覚えてない!?」


 光沢のある豊かな髪を三つ編みにし、丸眼鏡を掛けた優秀そうな子だった。アッシュに似て表情が薄く、いわばクラスにひとりはいるクールインテリである。彼女こそがクラス委員長。


 葵だ。


「貴女がアオイですか? 花を育てていると聞きました」

「え……、いや、育てているというか、水をやっているだけですよ」


 だが嫌悪感は他のクラスメイト同様、一人前に持ち合わせているようで、長話はあまり好きでない態度を取る。外部者であるにしても警察だから、悟られないようにと細かく眉を顰めるだけに至ったが。外面は良くしておいたほうが身のためである。


「花壇はどこに?」

「アッシュ、事件と関係のないこと訊くなよ?」


 またしても口説きにかかっているのでは、と勘違いをし、貫は無駄に釘を刺す。植物が関わっているからこその問いだったのだが、これにはアッシュも黙って従った。貫には貫の考えがあるのだろう。


 それにキスツスは確かに日本の花壇で植えられる代物ではない。そもそも環境が違うので、育てることができないのだ。


「うーん、葵ちゃん。覚えてないかなあ?」

「覚えていません。第一、見ていたとしても違和感に思いませんよ。特に変わった花でもないし」

「そう、だよね……」

「もういいですか? 榴ヶ岡さんも辛いとは思いますが……私、授業がありますので」


 がっくりと肩を落とす櫻の前で、葵は教室に戻ろうとしていた。ここは少女が通う教室の隣にある空き部屋だ。学業があるので授業の合間を縫って、数分なら話を聞いてもいい、とされた。席順に次の人を呼び出してもらう形式を取っており、ようやく半分といったところだった。


「イズル、少し休憩しましょう。虱潰しもいいですが、これでは埒が明きません」

「あー、そうだな」

「でも、そうこうしているうちに犯人が逃げたらどうするの!?」


 櫻は不安だからと教室に戻ることはせず、二人と行動を共にすることにしている。大人の都合には目もくれず、焦りながら状況を訴えた。


「逃げることはないと思いますよ」

「どうして、そう言えるの?」

「わざわざキスツスを机に置く犯罪者が、警察が来ただけで怖気付くとは思えません。むしろ、我々がそろそろやってくる頃だろうと計算しているはずです」

「…………」


 櫻はそれきり口を噤んでしまった。何か要求を言おうにも、アッシュの聡明な屁理屈により阻まれることを理解したのだ。学びの差は大きい。しかし彼とて、ついこの間までは仄暗い地下に埋まっているだけの人生だった。


 彼女はそのことを知らない。ゆえに、さらに勉強に専念しようと心に決めるのであった。彼が健全に生きてきた――と思っている――過程を、自分もなぞれるだろうか。


「サクラ、少し席を外してもいいでしょうか? イズル、車で寄っていただきたい場所があるのですが」

「「えっ!?」」


 驚きは良く重なり合う。この期に及んで何を言い出すのか、アッシュはただひたすらにマイペースだった。


「報告したいことがありまして」

「え、ええ? いや俺はまあ、いいけどさ……」


 少年と少女を見比べて、居心地悪く貫が答える。ずずいと顔を近づけてくるアッシュに気圧されて車のキーを準備する。その行動に満足したのか、今度は櫻に向き直る。


「また戻ります。何かあれば帰ったときにでも話しましょう。重ねますが、本日は襲われません。それに日中は問題ないでしょう。いまのうちにやっておかなければいけないことがあります。いいですね?」

「ん、……うん」


 半ば押し付けられた回答を告げる。いつまでも彼らは淡泊だ。動きが決まればすぐに移していってしまう。大人と子どもの間で揺れる少女は、まだ、ついていけない。

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