‐節度‐

「えーと、榴ヶ岡、ちゃん? お待たせ」

「……櫻でいいわ」


 車に戻ると、櫻はミディアムヘアを弄りながら助手席で待っていた。まるでそこが以前から自分のテリトリーであるかのように。運転席ではなく隣を選んでいる辺りは、まだ中学生らしさを満載している。足を組まれると、恋愛対象外とはいえ目のやり場に困ってしまった。アッシュは平気そうだ。が、彼も年頃の男子。正式に学校に通っていれば高校二年生。内心焦っているのではと貫が面白がって顔を覗き込むも、いつもの如く能面のような無表情で少女を見下すだけだった。


「サクラ、込み入った話です。車内での会話で構わないでしょうか?」

「えっ? ええ、まぁ、いいけど……」

「ち、ちょっと待っ――!?」


 ちゃっかり運転席に腰を下ろすアッシュに、貫は制止の声を掛ける。その車はこちらのだし、運転免許もない者がそこに座るべきではない。


 いや、本来の目的はそこではない。彼は、警察の人間として己を認識しているように見られた。でなければ自分から、櫻の話を聞きやすいようにハンドルの前に座ることはない。


「安心してください。もちろん運転をするつもりはありません」

「いやそうじゃなくて――!」

「イズルが横に座ったら、警戒されるかもしれませんよ。数少ない事情を知る人物の可能性がありますから」

「む、むむ……!?」


 ――そうか。実は少女は、アッシュの好みだったに違いない。


 言いくるめられた貫は、負け惜しみからそう思うことにした。不服ではあったが黙って後部座席に座り、女子中学生の話を聞くことにする。


「では手始めに。死ぬ、とはどういう意味でしょう?」

「……言葉通りの意味よ。わたしも、火事に遭うかもなの」


 櫻の少ないヒントで、アッシュは早くもふむ、と考え込んでいる。見慣れた、指を顎に遣る仕草は、今頃になって癖なのだと貫は気付くようになった。それきり黙りこくってしまったので、今度は貫が続ける。


「なんで、そんなこと思ったの?」

「……花が、来たの」

「花?」


 よくあるいじめの、机に仏花が置かれていたとかの類だろうか。それと火がどう結びつくのか分からず、大人は頭を捻る。生まれてこのかた、そういった話題には関わろうとしてこなかった。


 明るく元気に振舞うことしか考えていなかった学生生活。陰湿なグループもいたのは認識している。結局は幼稚な悪あがきであるから、目を向けようとはしなかったのだ。


「花があったら火事になる。楓も花梨もそうだった」

「どのようなものでしょう?」


 しばらく考えていたアッシュが、好奇心に負けて会話に入ってくる。貫には冷たい眼線を向けていた櫻だったが、少年と向き合うとむしろ彼女の表情に花が咲いたようであった。


 ――そうですか、相思相愛ってやつですかね。


 と、保護者は複雑な気持ちで二人を見守ることにする。歳の頃合いとしてはちょうどいい。けれど、こちとら仕事で対応しているのも忘れないでいてほしい。


「これ、なんだけど」


 花が咲いたといえども不安そうな雰囲気は拭いきれず、おずおずと携帯を差し出す。


 画面に映っていたのは、傍目から見れば美しい、何の変哲もない花だ。白、もしくは薄いマゼンタ色の五枚の花弁。花芯は黄色く花粉を蓄えている。

 それが数本、花束のようにかわいくリボンで纏められていた。贈り物だと言われれば、それだけで納得してしまいそうである。


「別に、変なものでもなさそうだが……?」


 もっと歪な形状の物体を想像していた貫にとっては、とても拍子抜けだった。例えばラフレシアとか食虫植物とか、見た目から敬遠されるもの。もしくは彼岸花や仏花といった、死を連想させるもの。浅い思考では珍妙な類しか思い浮かばない。


「キスツス・アルビドゥス。でしたら、この件は放火に当たるかもしれませんね」

「放火……? 呪いとかじゃ、なくて?」

「いやいや、事故じゃねーのか!?」


 三者三様に意見を述べて、三人は顔を見合わせる。互いに何を言っているんだ、といったような空気だ。アッシュだけはその現場を飄々と眺めていたが、見兼ねたのかやがて口を開いてくれる。


「まずは状況を整理しましょう。イズル、運転をお願いできますか?」

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