三度目の正直
「樽場様、お待ちしておりました」
「……あぁ、チップ交換を」
「畏まりました」
三夜目。今日が終われば、そろそろ突入する頃合いだろう。樽場は軍資金を受付に預け、平常心を保ってこの場を過ごそうとする。望月はすでにテーブルについており、今宵はビッグシックスを行っていた。パタパタと回る小さな観覧車に似た遊技は一際目を惹かれる。
「
賭けろ、との号令は、入店したばかりのこちらにも言っているのだろう。手際よく大量のカジノチップが運ばれてきたので、この勝負に乗らないわけにはいかなかった。
要は派手なルーレットだ。別段珍しいものではない。聞き慣れた声に従い席に着く。
「こんばんは、樽場様。お遊びになりますか?」
「あー、そうだな。じゃあ――」
結果は、大敗だった。二回も勝ち続きでそろそろ運も尽きるかと思っていた頃だ。それが望月の掌の上だとしても、少し、悔しかった。
「いやはや、今日はツイてないね。夜もこれからってのに、有り金がねぇや」
樽場は頭を掻きながら苦笑う。対する望月も申し訳なさそうに苦く笑っていた。
「勝負は時の運ですからね」
「……アンタの腕次第じゃないのか?」
「いえいえ、ワタクシは、賭け事には手を加えませんよ」
「何だって?」
鎌をかけた。ついでに嫌味を言ったつもりだったが、それは軽くあしらわれてしまった。どこまで加担しているのか、どこまで首謀者として関わっているのか、望月からはあまり思考が読めない。
だが、それでも構わなかった。どうあがいてもディーラーのトップであるから、罪が免れることはない。つまりはどんなに些細な悪事でも、逮捕されることに変わりはないのだ。余罪については、とっ捕まえた後で全部吐かせればいい。
「すべて樽場様の運次第、ということです」
その言葉が本物なら、樽場はいままで真にツイていただけなのだろうか。二日間だけとはいえ儲けた金は大きかった。
「俺の、運?」
――いや、信じてはいけない。どうせ全部コイツの戯言だ。
詐欺師などには良くある手である。持ち上げるだけ持ち上げて、最終的にすべて吸い上げるやり方だ。
「ツキは巡るのです。満ちるときがあれば欠けるときもある。これに懲りずに、またいらっしゃってくださいね」
「また……?」
だが望月は再開の口約束を言い放った。また来い、と。金を巻き上げるだけならこれでおさらばでいいはずなのに、次の逢瀬を望んでいる。もしや本当に、望月はただ純粋にディーラーを、もといギャンブルを楽しんでいるだけなのだろうか。
ビッグシックス――別名、ウィール・オブ・フォーチュンが目の端に入り込む。運命の歯車はときには残酷な結果となって、ときには幸福な結果となって己の前にやってくる。今回は散々だったが、もしかしたら次回は。
今回だって全くの見当外れではなかった。惜しいところまで来ていたのだ。次こそは、当てられるかもしれない。
「必死になってはいけません。これは遊びですから。ですがここを見つけられた樽場様なら、ステキなヴィジョンも思い描けると思いますよ」
「う、むぅ」
掴み切れない。この対応こそが、押しては引き、引けば押すゲームマスターの手腕たるやなのか。そう言われてしまえば、また次を期待してしまう。心地いい空間はいつだって自分を迎え入れてくれる。
部下が万が一、望月と関わり、絡め捕られてしまっては彼らを危険に曝(さら)すことになる。警察が介入すれば、その時の場の行く末はどうなるか分からない。
いつ突入できるだろうか。もう少し、見極めなければ。
それから何度、望月は待ってくれていたか。樽場の名前はもちろん、趣味嗜好も癖も完璧に覚えて、個人個人に合った話をしてくる。緊張と心地良さが合わさる場所で、精神を焦がす感覚を嫌いではなくなっていた。麻痺している自覚はある。ただこの場に合った態度を取っているだけ。そう、自分に言い聞かせていた。
外ではまだ肌寒いなか、己を慕う仲間が待ってくれている。対して中では。
血走った眼で野獣の本心を隠しながら、紳士的な笑顔で勝負を繰り返している。
「タルさん、ポーカーでもやるかい?」
「あぁ、いいね。じゃあテーブルに」
常連客とも仲良くなった。さすがは入り浸っているだけあって、彼らは慣れている。ここが違法でなければ、きっともっと仲良くなれたに違いない。それがとても口惜しい。
「おっ、こりゃいい! ベット!」
「レイズ」
「後で泣きべそかくなよ、タルさん? フラッシュだ!」
「ふふ」自然と笑みがこぼれる。「フォアカード」
「げぇっ!? なんてこった! さては、今日ツイてるな?」
乗っているときは、時間が経つのを忘れてしまう。最初こそ感じていた居心地の悪さも、いつの間にか薄れていった。
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