十把一絡
「ア……、シュ……!?」
なぜここに、との言葉は口にせずとも分かってくれたようだった。
「犯人が割れました。と言っても、イズルはもう知っているみたいですね」
どこから奪ってきたのか分からないが、逮捕状をひらひらさせて少年は嘯いてみせる。貫が通された食堂は随分と入り組んだ場所のはずだった。それをアッシュはひとりで乗り込んできたのか。
否、確かにこの独壇場を引き裂いたのはただの少年かもしれない。しかし逮捕状の発行が指し示しているのは、警察が動いているということだ。耳を澄ませば遠くでドタドタと乱雑な足音がしている。部屋の構造に気付いたのがまだ、少年ひとりというだけである。
「知り合いか!?」テルは逮捕状の文字を無視して続ける。「どうやって来たか知らないが、クソガキが、人の趣味に口出ししないでもらえるかね!?」
「イズルはオレの保護者です。彼がどうにかなってしまうと、オレが困りますので」
圧を掛けた怒号は、どうせこけおどしだと勘付いてアッシュは眉一つ動かさない。男児と言えど細い体躯だ。健全に生活してきたテルであれば、ねじ伏せることも可能だろう。それでも男が襲い掛からないところを見ると、やはり彼は理詰めタイプの人間であると感じた。巣に仕掛けを作っておびき寄せ、そして食い散らかす。
アッシュと同系統の理知的さを持ち合わせていながら、違う結果へと行き着く人間。無情にも弁明の余地はなく、道が逸れたとたんに少年の興味の対象から外れてしまう。ゆえに彼はいつもの通り眠たげだった。美しくない。その唯一の信念を踏みにじった時点で人間関係のギロチンが降ってくる。
ただ相手も激昂するので、それはお互い様だったりもするのだが。
「お前もコレクションに加えてやるから――!」
状況を観察し終えてから、アッシュは静かに語り始める。誰が喋っていようがお構いなしだ。
「那智 ナル、開放性頭蓋骨陥没骨折、並びに脳裂傷。
「だからどうした!? 次から次へぐちぐちと! 彼らは私に会いたいと言ってきたんだ! だから、面倒を見てあげようと提案したんだよ!」
とにかく優しく、相手が涙を零すくらいに慈悲を与えて、そうして絡め取っていく。初めから決まっていたのだ。テルと手紙のやりとりをした時点で、彼の手中に収められることは。そうして縋ってきた相手に、悪魔の囁きで提案する。こうすればもっと幸せに、楽になれると。
しかし蓋を開ければ、救世主は快楽殺人者だった。
「ひとつひとつ死因が違うんだぞ!? 私のコレクションにケチを付けるな!」
「そこは評価しましょう。ですが表情がいけない。醜いです」
「な、にィ!?」
――アッシュいけない、それ以上相手を扇情するな。お前までどうにかなってしまう。
と、回ったり回らなかったりする頭で叫ぶ。
薬は思ったより強く、いまだ深い水の中で必死にもがいているような感覚だ。夢の中で走るような、もどかしい思いをする。
「さて、その場で
「は? 何言って――?」
「自殺ですよ。そればかりは、どうしても集められない」
「っ!」
聡い子どもは考えられるすべての死去方法を導いて、それゆえ叶えられていないものをひとつ提示する。
自殺。それはどういう意味だ。他人が他人自ら命を絶つことか。
いいや違う。自らの手で、自らに死を下すことだ。はっとしてテルは冷や汗が噴き出す。
「おや、もしかしてお気付きでしたか。ここまでコレクトしているのですから、当然でしたかね」
細い指で構成された褐色の掌が合わさる。良いことを思いついたという風に、アッシュはここで初めて瞼を上げた。現在に至るまでテルは、少年の眼中になかったのだ。
「ところで、本当はイズルに最高の舞台を用意したと思うのですが」
「ど、どこまで知っている、このガキ……!?」
「だって分かりますよ」
今度はふい、とガラス張りの夜景に向かって視線を投げる。テルが所有するビルの三十階では、絶え間なく強風が吹き荒んでいる。いまはガラスで守られているが、この風は身体を攫うことだってできるのだ。命はとても脆く、そして危うい。どこから飛び降りても人は重力に適わない。
「いまならまだ取り返しがつきます」
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