円テル レター教室

   テルさんって、大人ですね……。

   私なんて、そんな。IT企業って言っても、まだまだ頭の固い人はいます。

   デジタルは男が強いと思い込んでるんですよ! 変な会社ですよね。

   テルさんのところで働きたかったです。

   いまからでも、遅くなかったら……いえ、何でもないです。

   またお返事ください。

                              ナル




「ナルちゃんは良い子でね。疲れてそうだったけど、笑顔が素敵だったよ。他人のせいでうまく笑えないなんてあんまりじゃないか? だからずっと上手に笑えるように亡くなった後で口角を縫合したんだ。頭の固い上司に困っていたようだから、頭蓋骨を割ってあげたんだよ。対処法は、自分も頭を柔らかくすることさ」




   テル君、きみって、お金持ちだろう?

   いや、本当は最初から分かっていたんだ。

   実はお金に困っていてね。

   誰か優しい人に工面してもらえればなと思っていた。

   けど、もういいんだ。ごめんね。

   お金とかそういうのじゃなくて、最後にきみと握手をしたい。

   いけないかな? 難しそうだったら、いいんだ。

   きみのおかげで、まっとうな道を探そうと思えたんだ。

   ありがとう。

                              任男ヒデオ




「任くんは思っていたより若くてね。……いいや、本当は知っていたけれど。文も字も、幼稚だったから。頑張って背伸びしている、そんな気がしたよ。歳は訊いていないけど、高校生くらいかな。お母さん、シングルなんだって話してくれたよ。可哀そうだからお金を少しばかり工面したんだ。綺麗な臓器を恵まれない子どもたちに寄付してね。麻酔をしなかったから、彼はショック死したけど」




   テル、あなた、わたしのこと、好き?

   歳を取ると、いけないわ。

   会いに来て、ほしいなんて。

   寂しくなったのね。お酒は、好き?

   スナックに来てよ。お客はいないから、たくさんサービス、するわ。

   寂しいわね。来ないなら、

   会いに行くのは、ダメかしら?

                              みあ




「みあさんは、売れないスナックのママだったね。都会の隅でひっそりと経営していたらしいけど、うまく行かなくて。閑古鳥が鳴く有り様で寂しかったんだって。質の悪いアルコールに呑まれてね。だからここに招待して、上質なワインで魂を洗ってくれればと思って。さすが接客業を長年続けていただけはある。お相手するのは楽しかったよ。喜んでくれたかな。飲み明かしたんだ、中毒になるくらいまで」


 大理石に響く革靴の音。席を立ちあがったかと思えば、窓とは反対の壁側へ歩いていく。隠されたスイッチを押せば、仰々しい音を立てて壁が中央で割れた。その向こうには、スペース相応の巨大なガラス管が並んでいる。いやそれは、管というより棺であった。


 テルはにやけながらそれらを見せびらかしてくる。理科室で昔見た、手のひらサイズのちゃちなものじゃない。ホルムアルデヒド水溶液に浸かった被害者たち。そこに居続けると呼吸困難で死に至るのだが、すでに彼らがこと切れていることは明らかだった。

 虚ろな眼をした遺体。苦しそうに歪んだまま顔が戻っていない。


「……ど……し、え……?」

「どうしてだろう? 私は、いろいろと集めるのが好きでね。いい歳をして、恥ずかしいものだね」

「は、ずか……」


 恥だ、と男は簡単に言う。本当は認めて欲しいくせに。己の欲求を肯定して欲しいがために、自分は謙虚なのだとレッテルを貼っている。そのような人物が一番高慢ちきで厄介だ。収集癖について否定するつもりはない。

 そこまでして醜い物体を収集する必要性が理解できない。無邪気な脅威に、貫は感情が冷めるのが分かった。それは先月マフィア風の男たちと邂逅した際に感じたものと似ている。毛色は違うが、共通するものはどこかにあった。


 何も考えていないのだ。ただ無意識に悪に手を染めてみただけ。遊びの延長線上としか捉えていない。ゆえに、収集された人間たちの状態は醜悪である。それにいち早く気付いたのは、この場にはいないはずの声の持ち主だった。貫の思いを代弁してくれる。


「歳は関係ないと思いますよ。ですが趣味は悪いです。もっと美しくないと」

「――っ、誰だ?」


 割り込んだ少年の声にテルは眉根を吊り上げる。貫の背後にある上質な両開きのドアを丁寧に開け放ち、かつかつと大理石に足音を響かせてきた。どうやって嗅ぎ出したのか、怪訝な思いもあるけれどこの状況では地獄に仏だった。

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