美味し糧
こんにちは。貫です。
教師、ですか? いえいえ、そんな大層なものではありませんよ。
学校の先生とは程遠いです。確かに同じ公務員職ではありますが……。
本当は他にもなりたい職業があったのですが、親の勧めでこっちの道に。
テルさんは優しいと思いますよ!
だって、こんな手紙にもきちんと返してくれるし。
僕の知らない言葉もたくさん知ってて、ちゃんと大人です。
収集癖は変じゃないですよ。ステキな趣味だと思います。
今度見てみたいですね。
半ば当てずっぽうな推理だったが、どうやらその線は合っていたようだ。いまどき誰かとの手紙のやりとりなんて見逃していた。SNS上でのトラブルは増えているが、文通中の事件など全く考えられない時代だ。
友人や家族等に当たってみたところ、度々便箋を抱えてポストに投函する様を目撃していたらしい。懸賞か、はたまた古い友人に宛てたものと合点して、深くは詮索しなかったようだ。
「送った相手までは分かりません」
皆口々にそう言う。現代において他人への興味はそこまで濃く存在しない。それは親友、血縁者であっても同じことで、それにプライバシー保護の観点からも他人の手紙や動向を探ろうとはしないのだった。
やっと少し進んだと思ったのに、これではまた足止めだ。そう思ったとたんに緊張の糸が若干緩んでしまった。腹部に一瞬の痛みを感じて貫は腹をさする。気付けば昼食の時間をとっくに過ぎている。アッシュは食に疎いのか本来ならば食べ盛りな年頃にも関わらず、腹が減ったと口にすることがなかった。むしろ若い分平気なのだろうか。どちらにせよ栄養が充分に行き渡らない生活を送らせるべきではない。
昼食のために入った牛丼屋で、定番の牛丼を注文する。貫と同じく病み上がりであるし、精の付くものを、と考えたためだ。車も使っているものの歩きは付き物で足が棒になりそうだったし、車の座席とは違う椅子に座れることでさえありがたい。
「本当にペンフレンドが犯行に関わっていると思うか?」
糧が出てくる間、やや自問自答に近い謎を受け取ってくれるか定かではない少年に投げた。それでも彼は嫌な顔せず答えてくれる。こういうとき、表情が乏しいことが逆に助けになる。
「手がかりが少ないですし、もし関わっていなくても何か知っているかもしれません」
「それも、そうだな。……お、来た来た」
鼻腔を突く香ばしい香り。甘辛い、日本人好みの味だ。果たしてこの味がアッシュに受け入れられるだろうか。商品を注文する前に気付けばよかった、と軽く後悔した。
「これは?」
「牛丼。牛肉が乗った、丼」
やはり異国出身の彼には見慣れないもののようだ。運ばれてきた丼を、どんぐりのような
「冷めないうちに食っとけ。食べたらまた出るぞ」
「分かりました。牛ですね、それなら大丈夫です」
日本人には馴染みの薄い、宗教の兼ね合いで禁止されている食べ物でもあるのだろう。器用に箸でも使うのかと思っていたが、フォークを手に取って口に運んでいた。
「そういやアッシュは、あそこでメシは食えていたのか?」
「地下牢のことですか? 決して充分とは言えませんでしたよ。パンを投げ捨てられるか、もしくはどこそこで蠢く虫を頂いていました」
「むっ……虫!?」
いまは米と肉を食している艶やかな唇で、平然と壮絶な生活を語る。美味かったのか、と訊こうとして、しかし無神経だと気付いてやめた。あの場では味などどうでもいいのだ。ただ生きられるなら、それでいい。
「
「ヒッ……!」
これには思わず立ち上がってしまった。店員や他の客からの視線が痛い。貫は苦笑しながら何事もなかったかのように席に着くが、小声で話の続きを促した。日本人の体裁の良さを目の当たりにして、アッシュは半ば感心したほどだ。
「滅多なこと言うもんじゃない! ……が、そうか。ベル、さんが」
しゅんと肩を落としているが、そこにはまだ相手を信じたいとの希望が残っていた。どこかで違うと声が上がってくれないかと淡く思っていたけれども、肝心の少年は肯定も否定もしない。
彼にとってベルとの過去は、重大なことではなくただ過ぎたものとして捉えている証拠だった。毒にも薬にもなっていない。
「その、俺から謝るよ。なんか、ごめんな」
それでも居た堪れなくなって、貫は口を開く。
「どうして、イズルが謝るのですか?」
「え、いや、その……軽率な話を……」
「構いません、終わったことです。それに美しくないことには、執着しませんから」
「美しく、ない?」
それには引っかかったものの、どうにも話の路線がズレそうな感じがしたので貫はそれきり口を噤む。アッシュも多くは喋りたそうにしていなかったので、黙って糧を食らうことにした。食事には感謝しかない。キリストの教えが、改めて頭を掠める。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます