第6話「寂れた荒野の村」

 その村はカジスという名前のようだった。門が開き、警戒心を露わにした村民たちがヘルミオネとレッドフードの女二人組を迎える。

 暗黒大森林に近い立地ということは、彼らの視点から見ると最果ての辺境にある小村ということだろう。門の向こうに広がる質素な建物の並びは、そんなヘルミオネの予測を確信に近づけた。

 カジス村の民たちは怪訝な顔で二人を見ている。レッドフードも年若い少女で、魔境の方角あら現れるような存在ではない。だがそれよりもよほど目を引くのはヘルミオネだった。

 2メートルに迫る巨躯は隆々として、その腕ひとつ取っても巨木のように太くがっしりとしている。妙に仕立てのいい服を着ているが、サイズがいまひとつ合っていないのか肩周りがピチピチだ。豊かな巨乳や目が覚めるような美貌も特徴的だが、やはりその体格に似合わない違和感の方が先にくる。

 そして、ヘルミオネが背中に担いでいる二本の大斧。片方だけでも、大の大人が二人か三人はいなければ持ち上げられなさそうな重量を感じさせる金属の斧。それは眩く金と銀に光り輝き、見るからに神々しい。


「あんたら、一体何者だ。暗黒大森林からどうやって来たんだ」


 口を開いたのは櫓から二人を見下ろしていた男だった。今もクロスボウを構え、まったく油断していない。

 前人未到の魔境と称される暗黒大森林から人が現れることなどこれまで無かったのだ。彼が目を凝らしていたのも、魔境から時折飛び出してくる魔獣に備えてのことだった。

 ただ二人が魔境を迂回して来たのなら、まだ分かる。それでも命知らずな愚か者だと思うだろうが。それよりも異様なのは、ヘルミオネが半分に引き裂いた三つ首黒牛を携えていることだ。


「だから言ってるじゃない。向こうの森から来たのよ」

「私は魔狼を追いかけて森に入った。そこでヘルミオネと出会って、一緒に出てきた」


 嘘偽りのない二人の言葉だが、常人にはにわかには信じられないことばかりだった。

 とはいえ、魔境の守護者を半分に引き裂いて引きずる得体もしれない筋肉女を相手に、下手なこともできない。ただカジス村の人々は人垣を厚くしてガヤガヤとどよめくばかりだった。


「一体何の騒ぎだ。魔獣でも迷い込んできたのか」


 騒動を抑えたのは、村の奥から現れた若い青年の声だった。


「おや?」


 ヘルミオネの耳がピクンと動く。青い瞳に期待が宿る。

 村民たちが左右に退き、その向こうから声の主が現れた。


「おお、イケメン!」


 その顔を見てヘルミオネは如実に浮き足立つ。

 現れたのは目元の爽やかな好青年だった。畑仕事でもしていたのか、足の裾が泥で汚れている。首筋の汗を拭うときに鎖骨が見えてセクシーである。

 ヘルミオネが目を輝かせるのと同時に、青年の方も二人を見て瞠目する。赤いフードを被って猟銃を携えた少女に、筋骨隆々の斧女である。当然の反応だった。


「村長のラギリです。ようこそ、カジス村へ」

「泉の女神のヘルミオネよ。早速だけど、木こりとか興味ない?」


 それでも嫌悪感を見せることなく白い歯をこぼすラギリ。差し出された手を握りながら、ヘルミオネは前のめりに質問を畳み掛ける。


「がっしりしたいい体ね。力仕事もやってるの? てか村長なのに若いわね」

「え、ええ。このようなところだと皆で働かなければやっていけませんから。それに村長というのも、先代の父親が体調を崩したから回ってきた形だけの役職ですよ」


 グイグイと迫るヘルミオネにも臆さず、ラギリは律儀に言葉を返す。

 そんな様子をレッドフードはぼんやりとした目で眺めていた。


「一晩宿を借りたい。この牛を売るから、金も欲しい。明日の朝にはすぐに出ていく」


 ラギリに夢中なヘルミオネとは違い、レッドフードは自分たちが異物として捉えられていることを自覚していた。だからこそ要求を簡潔に並べ、必要以上のことは求めないと言外に保証する。

 彼女のシンプルな物言いは、村民たちにとっても分かりやすいものだったらしい。しかし、すぐに答えが返ってくることはなく、彼らは一様に表情を曇らせる。


「申し訳ない。こちらとしてももてなしたいのは山々なのですが、あまり余裕のある暮らしではなく……。特に金銭に関しては、ほとんど持ち合わせていないのです」

「へぇ? まあ、たしかに……」


 ヘルミオネは周囲を見渡す。今の支配的な文明がどの程度の力を持っているのかは知らないが、レッドフードの話ぶりからして貨幣による信用取引が浸透している程度ではあるはずだ。

 しかしカジス村の建物は簡素なもので、狼の鼻息で吹き飛んでしまいそうだ。周囲に畑はあるようだが、そこも豊穣の実りとはいかない。

 何より気になったのは、村に若者が少ない点だ。櫓の男も中年を超えて老年に差し掛かっているし、集まってきた村民のほとんどがそれと似たようなものだった。

 普通なら働き盛りの男や、子供を抱えた母親たちもいてもおかしくはない。


「税金が足りなくて働きに出ているとか、そういうことかしら」


 金や現物で税を納められなければ、体を労働力として納めるということもよくある話だ。カジス村は過酷な荒野という立地もあり、そのような苦しい生活を強いられているのかもしれない。


「この辺りは、そこまで税が重いわけではないはず。何かありそう」


 レッドフードの言葉にラギリが肩を揺らした。図星のようだった。


「申し訳ない。客人にこのような話をするのも、あまり褒められたことではないのですが……」


 そう言ってラギリは訥々と話し始める。

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