#2
「マーク、『アリーシャ』って知ってるか?」
目を伏せたまま呟いた俺の言葉に長い睫毛を持ち上げた彼は、理解できない様子で数回目を瞬く。
今更何を、とでも言いたげなマークは眉根を潜めながら俺をまじまじと見つめ、言葉を噛み砕くように「それは……『アリーシャ・グレイ』のことかい?」と大きく口を動かした。
「あぁ、そう、ソイツだよ。……俺の弟で、10年前に死んだ」
「それは……知っている、よ?」
「へぇ……マークの中で、ソイツはちゃんと死んでるのかぁ」
訳の分からぬ質問を繰り返す俺に嫌気がさしたのか、マークの穏やかで真剣な表情が段々と翳ってゆく。
「ごめん、質問の意図が読めない。……父から聞いた話では、10年前のクリスマスの日……門扉に、その……」
「俺もそう思ってた」
言いにくそうに言葉を濁した彼は、俺の一言に引っ掛かった様子で「そうか……」と顎に手を置いて考え込む。
「なら、どうして過去形なのかい?」
「……去年のクリスマスに、アリーシャ本人に会った。その時、『10年前に殺されたのは
「えっ……」
思わず顔を上げて俺に詰め寄るマークの瞳には驚きと疑問が綯い交ぜになった新緑が踊り、喜んでいるようにも見える口元から「やっぱり……ッ」と堰を切ったような声が漏れる。
「何故それを早く言ってくれなかったんだ!実は僕も、彼の死には少し疑問があったんだ……あの日、僕は体調が思わしくなかったから、アランやアリーシャと一緒には居られなかった──つまり、僕は実際にアリーシャの遺体を見た訳じゃない。それでも周りの動き方がいつもと違うように感じて、こっそり調べていたんだよ!」
普段の穏やかさからは想像もつかない勢いに圧倒されつつ目を潤ませた俺は、頼りになる兄貴分に「ありがとう」と自然に目を細めていた。
「いや、僕も先に言うべきだった。当時はまだ判断も付かずに周りに流されていたけれど、アランに言ってないことが沢山あるんだ……それこそ、
「……ファミリーは皆知っていたのか?」
「いや……ボスが箝口令を出していたから、本当に知っているのは
──身体が……弱かった?
頭の切れるマークが必死に考えたであろう推理に耳を傾けつつ、俺は自分の記憶に残る溌剌と無邪気なアリーシャの姿と比較して「そう……か」と眉根を顰める。
「まだ真相には辿り着けてないけど、
彼がスーツのポケットから出した手の平サイズの帳面を広げて俺の目の前に差し出すと、そこには糸目でひとつ編みの長髪姿をした若い男の写真があった。
「『江華貿易商 社長』もとい、人身売買の帝王──『楊
どんな時でも気に掛け、寄り添い、背中を押してくれた彼が協力してくれるのなら、それ以上に心強いものはない──。
心の端に引っ掛かった若干の綻びを認識の相違と飲み込んだ俺は、マークの頼もしさに安堵して静かに手を差し出した。
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