楊 飛龍

#1

 新年のトップニュースになる事もない一警官ダグラスの死が、ただの『事故死』と新聞の端に片付けられた紙面を眺める俺は、暖炉の炎が揺れるリビングのソファに座って、砂糖とミルクをたっぷり入れたコーヒーを優雅に啜る。


 皮肉な話、人の死因を改ざんして小虫のように蜜を吸って生きていた男は、それ故に命を落として自身も死因をすり替えられるのだ──。


 カップの底に溶け残った砂糖を揺すって溶かし、上澄みよりも数段甘くなったコーヒーを俺の喉が享受する。進化を進めて知能の発達した人間様でも、弱肉強食なのは畜生とそう変わらない。


 所詮小虫は小虫だったからこそ、狩る立場である俺の礎となり餌食ともなった。


 たったそれだけの事実と常識を俺が語ろうものなら、きっとジャックは眼鏡を直しながらこう言うだろう。


「──この世は不思議な回り方をしている。金は必ず金を持つ者へ、女は女の屯ろする方へ」

「……そして、情報はソレに詳しい輩へ集まってくる、ですか?」


 俺の心を見透かしたような声の主は「お互い、また歳をとりましたね」と嫌味のない言葉を並べる。


「誰かと思えば珍しい……我々コーザノストラの栄えある相談役コンシリエーレ様がいらっしゃってるとは」

「ははっ!君までそういう事を言うのかい?……昔みたいに『マーク』と呼んでくれればいいのに」


 グレーの小洒落たスーツにサラリとした美しい金髪の彼は、額の真ん中でフワリと分けた前髪から新緑の瞳に緩やかな微笑みをうかべて俺の肩に手を置くと、そのままソファに腰を下ろす。


 マーク・オースティン。


 父親似の俺と違って線の細いマークは、遠くから見れば女に間違われる事も少なくない優男で、俺より6つも年上と思えないほどの童顔。さらに人当たりの良い笑顔と口調が揃っているとくれば、余程のことがなければ警戒されない、最早『人徳』とも思える雰囲気を纏う。


 その上グレイ家とも因縁深いオースティン家は代々聡明な家系で、良き兄貴分であり幼友達のマークは、彼の父親の跡を継いで去年から相談役コンシリエーレに抜擢された。


「昔……?それはアレか、折角のクリスマスに風邪をひいて来なかった間抜けなマークの話か?」

「そこを掘り返すとは……本当、アランは相変わらず辛辣だ」


 親愛を込めた軽口に顔を見合わせた俺は頻り笑い合うと、彼は態とらしい咳払いをひとつして俺に向き直る。


「今日ここへ来たのは、ボスへ新年のご挨拶……と、野暮用で君にも会いたくてね」


 へへへっと無邪気な笑みで俺を見つめる彼は、その笑顔を崩すことなく俺から新聞を取り上げて机に広げる。そのまますらりと細長い人差し指を紙面に滑らせ、新聞の片隅に追いやられた記事をコツコツ……ッと叩く。


「一応確認だけど、これは『事故死』なのかい?」


 柔らかい口調に乗ったマークの質問は切れ味抜群で、俺はその言の葉に肯定も否定もしないまま「耳が早いな」と戯けて目配せした。


「これも僕の務めだからね。君の無駄を嫌う性格からして、何か訳があるように思えるのだけれど……理由を尋ねてもいいかな?」


 マフィア の組織構成は、ボスを頂点にして次席アンダーボス幹部カポと続き、構成員ソルジャー準構成員アソシエイトといったピラミッド状に作られている。その他にも「フロントボス」という切り札的な影武者が存在するものの、マークが就いている相談役コンシリエーレはこのピラミッドの例に当て嵌まらない。


 丸め込めるかは別として、組織に所属する以上避けては通れない彼の存在に「理由ねぇ……」と溜息を零した俺は、コーヒー風味の砂糖水が残るカップを一滴残らず平らげた。


「……軍隊にも似た組織構成だからこそ、上層部の圧力で容易く消される末端の小さな声を拾い上げ、我々コーザノストラの発展を願ってボスに進言する。助けを求める相手が名もない構成員ソルジャーでも、次席アンダーボスの君でも──僕は全て平等に耳を傾けられる存在でありたいんだ」


 ペリドットみたいな淡い色の瞳が、力強く俺を射抜く。その真っ直ぐな視線に根負けした俺は、なんとも言い難い居心地の悪さに乱れてもない髪に手を添えて整えた。

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