ヤンデレと化した友達の対策をヤンデレの妹に相談する事にしました

オーダマン

「お兄ちゃん、臭い」

その言葉は俺にとって、

美しい友情が俺だけ見ていた幻想であったという事を

示唆するのに十分すぎた。


俺は入浜 春幸(いりはま はるゆき)、高校2年。


今日はなんだか帰る足取りが重い。


(きっと帰れば、雪芽に馬鹿みたいに詰められるだろうな。)


入浜 雪芽(いりはま ゆきめ)、中学3年。


雪芽とは俺の妹で、俺にとってとても大事な存在であり

俺の事を気が病む程に愛している。

それこそ、兄としてでなく、異性の相手として。


…正直、俺はあいつの鼻に関しては絶対の信頼を置いてはいるが、

実の兄を気が病む程に愛しているというのはどうかと思う。


自分で言うのもなんだが、趣味は人助けだ。


だが女性を助けた後に帰った日には…

妹は自慢の鼻で匂いで検知しては

「私じゃない女を見るな近づくな触るな!」

なんて怒り出す始末。


女友達の連絡先なんて何度消されたかわかったもんじゃない。


ただ、人助けをすることについては理解は得られている。

だから最近だと、女性相手で深入りしないのであれば、ある程度は…大丈夫。


そんな事を考えていたら…いつの間にか我が家の玄関まで帰ってきてしまった。


こんな性格では仕方ない事だが…今日、相談に乗った帰りなのである。

しかも…女性が相手。


「すぅー…ふぅ」


深呼吸一つ。勇気を振り絞って、玄関の扉を開ける。


「ただいまぁ…」


「おかえり!おにいちゃ…ッ」


いつものように、雪芽が飛び込んでくるかと思って身構えたが、

目の前で、雪芽が足を止める。


「…ど、どうした?雪芽、いつもみたいにハグ…しないのか?」


もはや日課となっているハグ。

俺も妹とはいえ雪芽の事が大好きだし、それを生き甲斐にしていた部分はあった。


…たとえ妹のハグの目的が兄の匂いチェックだったとしても、

それが無いとなると寂しい。


そして、雪芽はぽつりと、俺を見ながら呟いた。


「…お兄ちゃん…臭い」


「え?」


不信に思って服の匂いを嗅ぐ。

しかし、俺の鼻が慣れてしまったのか匂いはしない。


「…今日は川辺に座ったからその匂いかなぁ」


そう、今日の人助けは相談に乗る事。

その時、相談相手と川辺に座って日が暮れるまで語り合った。


しかし雪芽は首を横に振る。


「違うよ、"女"臭いの」


「!!」


それは雪芽が見せた初めてのリアクションだった。


いつもは「また女の子助けたでしょ!ずるい!」みたいな

可愛らしいリアクションなのだが、


初めて、相手を臭いと罵った。


しかし、雪芽は嗅ぐのを止めない。


離れていた距離を詰めては俺の服に鼻を近づけてきた。


「この匂い、やっぱり…お兄ちゃんを狙ってる女の匂いだよ」

「…まさか…そんな…」


確かに、今日は女の子と会ったし話もした。


だけど、これは友情なんだ。

男と女の性別の垣根を超えた友情のはずなんだ。


気のせいだよな?頼む、違うと言ってくれ。


俺は雪芽に尋ねる。


「…雪芽、正直に言ってくれ。

 …本当に、生ごみみたいに臭いって意味?それとも…

 俺を狙ってる女の子の匂いが生ごみの匂いみたいに感じるだけ?」


念のため、詳しく聞きたかった。


"雨谷さん"の事を生ごみ呼ばわりした気がするのは申し訳ないが

こればっかりはちゃんと確かめねばならない。


…昔、本で読んだ事がある。


人間はフェロモンが分泌されており、我々は匂いとして脳でそれを感じ取る事ができる。

好きな人のフェロモンは良い香りとして脳が判断するが、

嫌いな奴や似たようなもの同士の匂いは…脳は臭いと判断するらしい。


俺は雪芽の鼻に絶対的な信頼をしている。


こいつの鼻は強力なセンサーになるはずだから。


雪芽の表情を見ると、みるみるうちに目から光が消えていく。


この時の雪芽は、激しい嫉妬にかられている雪芽だ。


雪芽はゆっくりと口を開く。


「…何言ってるの?両方に決まってるじゃん」


「あぁぁ!!!!マジかよぉぉぉお!!!」


終わった。


俺の中で友情だと思っていたものが、たった今否定された。


俺は膝から崩れ落ちる。


つまり…雨谷さんの性格は…雪芽と……!!


雪芽は俺のリアクションが思っていたものと違うのか、

困惑しながら俺を見降ろしている。


「…えっと…お兄ちゃん…

 その女の人と…どういう関係?」


女とも誰と会ったとも言ってないが、匂いだけで判断するとは…。

さすが雪芽だ。


「雪芽…その生ごみみたいな匂いってのは…」

「…否定しないんだ。これは間違いなく、お兄ちゃんを狙ってる女狐の匂いだよ

 私、わかるんだから。それで、どういう関係なの?お兄ちゃん」


崩れた俺にしゃがみ込んで質問を繰り返す雪芽。

すまん、それに答える前に俺はお前に教えなければならないことがある。


「雪芽聞いてくれ…その匂いが…、生ごみみたいな匂いに感じるのは…」

「…何」


息が荒くなる。


でも、これは確信した。


だから、伝えなきゃならないんだ。








「…同族嫌悪だからだ」










「…は?」


気の抜けたような声が雪芽から洩れる。

そうだよな、そりゃあそうなる。


なんでこんな生ごみみたいな匂いの奴と同族嫌悪なわけ。


なんて思うよな、普通。


「なんで私が生ごみ女と同族嫌悪なんてしなきゃいけないの」


雪芽が同じ反論してきた。

うん、予想通り。さすが我が妹。


同族嫌悪、すなわち、似たような人間が近くにいれば、

その人間に対して嫌悪感を抱く、人間の特性。


「…理由…というか、思い当たる節はある、聞いてくれるか…」

「…うん」



俺は、彼女との出会いを話し始める。


ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー


彼女の名前は、雨谷 澪(あめや れい)


学校じゃクール&ビューティでその美貌に心打ちぬかれた人間が多い。


しかし一番有名なのは、彼女が男嫌いであるという事だ。


彼女が高校に入ってきたのは今年。つまり俺とは1つ下だ。


俺と彼女が出会ったのは2か月前…、

カラオケで合コンしに行った時だった。


雪芽、睨むな。許してくれ。


正直俺に関しては騙されるような形だったんだ。


ただのカラオケって聞かされてさ。


部屋入って待ってたら、見知らぬ女子が入ってくるのなんの。


その中に雨谷さんがいてさ…俺らの顔見るなり吐きそうな顔して飛んでったよ。


どういう事だって詰めたら…俺って、趣味=人の世話みたいなもんだから…

入浜なら雨谷さんをなんとかできるかもってさ。


そこまで言われたら黙っとくわけにもいかなくて…


トイレ駆け込んだ雨谷さん追いかけて、扉越しに具合聞いてさ。


そしたら雨谷さん、吐いちゃってたらしいのよ。


「ごめんなさい、私昔からこうで…」


弱弱しい声が扉の向こうから聞こえてきて、


「無理せずに帰りなよ、俺から話はつけてくるからさ」


なんて言ったらさ、なんか泣いちゃって…


「ごめんなさい…ごめんなさい…」


ってずーっと謝られてさ…。


なんとなく泣き虫だった雪芽を思い出して、宥めるように

大丈夫だよ、って何度も言ってあげたんだ。


その時にお互い自己紹介してさ、初めて下の名前も知ったよ。


それで、具合悪いの?ってもう一度聞いてみたら…。


「私、昔から男の人が苦手で…やらしい目線で見られると…吐き気が…」


学校生活でクールなのも、吐き気我慢したら凛々しい顔になっちゃったとか。


そこでさ、俺言っちゃったんだよ。

冗談のつもりなんだけど…。


「俺で、練習しない?」って…。


俺には…そんな事情抱えてる人をやらしい目で見れないし。


あとお目付け役(雪芽)もいるしな。


…そう説明したら、雨谷さんも

「わかった…頑張ってみる」ってさ。


雨谷さんの気持ちが落ち着いた後、皆の所に戻って…

偉いよ、雨谷さん。

自分から「帰る」って皆に言えたんだ。


そこから学校で会う度、ちょこちょこ話す仲になって…2か月。


「入浜先輩になら…なんでも話せそう」って言ってくれるような仲まで…


痛い痛い痛い痛い、雪芽脇腹をつまむな。痛いから。


…で、今日の放課後、話しませんかって言われてさ…。


河川敷に二人して座って、しばらく語った後…


「入浜先輩に…話したい事があります…私の過去の話です…」


ざっくり言うけど…


雨谷さん、強姦されたことあるんだって。しかも…実の親父に。


さすがに引いたよな。


まぁそのクソ親父が逮捕されているって聞いてホっとはしたけど…。


刑務所に送られてる間に引っ越しだのなんだの済ませて

今の生活って形らしい。


話しながら思い出したのか、雨谷さんボロボロ泣き出して…

俺、安心させようとして抱きしめたんだ。


お前が臭いって言ったのも、それで匂いがついたからなんだ。


抱きしめながらさ、「安心しろ、俺がついてる」って言っちゃって…。


まぁ、それで今に至るってわけなんだけど…。


え、ちょっと待て雪芽、なんだ、

そんな足音立てながら歩いたら近所迷惑…


いったぁああああああ!!?


ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー


雪芽から強めのビンタを喰らって、現在俺は正座中である。


「…で、私とその生ごみ女、どこに共通点があるの?

 今の話だと、私と一緒の部分ほぼ無いんだけど」


両腕を組みながら雪芽が見下ろす。


「…まぁ今のはざっくりとした出会いとこれまで…

 共通点についてはいくつかある…」


腫れた頬を押さえながら雪芽を見つめる。

視線をゆっくりと頭の先からつま先まで動かし、

じっくりと眺める。


「…何」


さすがに恥ずかしいのか少したじろぐ雪芽。


「…まずかわいい所とか」

「嬉しくない」


一蹴されてしまった。

機嫌直してくれるかと思ったのに。


「あとは、嫉妬がすごい」

「嫉妬」


俺はさすがに正座がキツくなってきたので足を崩し、

フローリングに胡坐をかいた。


「例えば雪芽、お前から見て俺が別の女の子と仲良く会話してたら…

 どうする?」

「へ?うーん」


突然振られた雪芽は顎に手を当てて考える。


「…とりあえず、離れろって念じるかな。

 お兄ちゃんと仲いいってことは、無理やり離したらお兄ちゃんに嫌われるかもだし

 …まぁその後、お兄ちゃんに詳しくその子の情報聞きだすかな」


嗚呼、やっぱりなのか、雨谷さん。


「…一応聞くけど、その女の子が俺の腕に絡みついてきた時は?」

「…想像したくないけど…もしされたなら…

 お兄ちゃんの腕、全力で消毒するかも」


…雨谷さん…あの時、そんな理由で消毒液を俺の腕にかけまくってたのか。


「…雪芽、雨谷さんも同じことをしてくる」

「…っ」


雪芽は驚愕を顔に浮かべる。

それもそうだ。

俺の同族嫌悪の説が、雪芽の中にもありうる話になったのだろう。


「ありえない…けど、わかる気がする」

「…なにが?」


雪芽は立っているのが疲れてきたのか、

座って俺と目線を合わせる。


「確かにこれは…同族嫌悪かもしれない…

 だから、お兄ちゃんの事を好きになるのは…

 仕方ないかもしれない、私も大好きだから」

「雪芽…」


なんて優しい子なんだ…でも、目が嫉妬モードのままだった。


「でもあえて言うね、そいつと縁を切って。お兄ちゃん」

「…」


ですよね。


予想通り。


でも…。


「…ごめん、それはできない」

「どうして?私よりもそのゴミ女の方がいいの?」


首を横に振る。

雪芽がならどうして、と詰め寄ろうとした時、

俺は反論を口にする。


「だって…助けたいじゃんか!」

「…お兄ちゃん」


雪芽は諦めたように目を伏せる。


昔から一緒だったんだ、俺の性格を知らないわけじゃない。


妹のために助けようとしている人を見限るなんて…出来やしない。


「わかった…じゃあせめて…連絡先は消して。それならいいでしょ?」

「連絡先…?」


雪芽に言われて思い出そうとする。


そういえば交換したような、していないような。


俺が困惑していれば、俺が玄関に置いたままの鞄を雪芽が指さす。


「ずっとスマホ鳴ってるけど、あれ、生ごみ女からでしょ?」

「…あっ…」


冷や汗が垂れる。


そう、俺は今日連絡先を交換したのだ。


しかし、二人分かれてから帰宅し、そして今に至るまで…

それを確認し忘れていた。


「…どうする?消すの?消さないの?」

「ちょ、ちょっと待て雪芽!緊急事態かもしれん!」

「え?」


慌てふためく俺に首を傾げる雪芽。


そして俺は恐る恐る、スマホを手に取り、

メッセージアプリの…未読件数を確認した。


「…216件。」

「…うわ…」


さすがに雪芽も引いた。


でも待ってほしい。


雪芽がスマホに乗り換えた時は

夜中に400件のメッセージが来たのを覚えてるぞ。


部屋は隣なんだから直接言えって喧嘩したのも記憶に新しい…

そんなことより。


「…なぁ雪芽、お兄ちゃんと連絡先交換した後って

 やっぱり…お兄ちゃんからメッセージ欲しかった?」

「…そ、そりゃあもちろん」


再び突然振られ、驚く雪芽。

さっきからペースを乱され続けてさすがに頭が冷えてきたのか、

嫉妬にかられた目は元に戻っていた。


「…来なかった時、どう思った?」

「…えーっと…」

「正直でいいぞ」


記憶を掘り起こすようにこめかみに指を押し付ける雪芽。


「…じゃ、言うけど…ぶっちゃけ、女の存在、疑った」

「それ、他の女と連絡取ってるって思ってたってこと?」

「…うん」


小さな声で頷く雪芽。


俺は未読のメッセージをちら、と覗き見る。


…マジか…。


「それで…疑った後…お前ならどうする?

 あの時は、次の朝に話すこと出来たけど、

 今は違うって考えて」

「…いいよ、そのゴミ女の立場になって考えろって言ってるんでしょ」


さすが雪芽、飲み込みが早い。

俺が頷けば、雪芽は真摯に考えてくれた。


「…私なら、お兄ちゃんの家に行く」

「…ッ」


思わず、スマホが俺の手から落ちる。


そして二人してスマホの画面を覗き見た。


「まさか…」


雪芽が床に落ちたスマホを、俺と雪芽の間に置けば、

人差し指で画面に触れてスクロールしていく。


メッセージの履歴が、次々と流れていった。



ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー


『今日はありがとうございます、話を聞いてくれて』

『人に話せる話じゃありませんでしたが、春幸先輩にならいいかなって』

『連絡先も交換できたし、これでいつでも春幸先輩に頼れますね』

『先輩?』

『既読つかないのですが、もしかして用事ですか?』

『あんな話したから、もう付き合えないのですか?』

『ブロックしたのですか?ねえ、教えて』

『私の事どう思っているの?』



『もしかして、本当にブロックしましたか?』

『もう3分も既読ついていませんよ』

『そういえば先輩、この間女と家まで歩いてましたよね』

『あれ、誰ですか、先輩』



『不在着信』

『不在着信』

『不在着信』



『今から家に行きますね、先輩』


ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー


「う…」

「うっわぁ…」


二人して、引いた。


まずい事になっている。


思わず雪芽の方を見る。


その目は嫉妬、よりも哀れみを見る目であった。


以前読んだヤンデレ物の本ではこういう時、

ヤンデレと化した幼馴染なり妹なりが

「私の〇〇を汚そうとしやがって!」みたいな感じになるのだが

現実は小説より奇なり。

俺を溺愛する妹でさえこのリアクション。


ピロン。


またしても通知が鳴る。


『あ、先輩、既読つけてくれたんですね』


ピロン


『ブロックされたかと思って不安になっていました』


ピロン


『きっと今、メッセージ読んでる最中ですよね』


ピロン


『不安で声が聞きたくなってきました、読み終わったら、通話ください』


「…今お兄ちゃんが読んでる所なのに、なんで読む量増やすのよゴミ女」


すまない雨谷さん、妹を叱りたいが、

…ちょっとだけ…その通りだと思ってしまった。


「…通話かけてくれってさ…なんて話すんだよ」

「というかお兄ちゃん的にはどうなの。モテるのって男的には嬉しいんでしょ」


もはやヤンデレのヤの字はどこへやら。

通常の妹モードの雪芽が俺に話しかけてくる。


「いや、俺は雪芽がいるしな…」

「ふぇっ!?」


突然彼氏みたいなことを言われて顔を赤くする雪芽。


すまんな、雪芽。


雨谷さんの件はまだ続きそうだから、褒めてポイントを稼がせてもらう。


「それに、俺にとって雨谷さんは助けたい相手であって

 恋人になりたい相手じゃない…友達なんだ」

「…なら、許す…お兄ちゃんもようやく乙女心わかってきたねぇ」


にまにまと嬉しそうに口元を緩める雪芽。

俺はスマホを手に取って、通話をかけるボタンを眺めた。


「…なぁ、なんて言えば…」


雪芽をちら、と見れば同じように首を傾げていた。


「私なら…通話かけてすぐに、寂しい想いさせてごめんなって言ってほしいかも」


「わかった…俺もなるべく、距離を開けれるように通話してみる」


俺は頷いて、ごくりと生唾を飲み込み…通話ボタンを押した。


ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー


…来た!


メッセージの既読がつきはじめ、

しばらく経った後、ついに画面に表示された。


春幸先輩♡の文字。


私は喜んで、通話開始のボタンを押した。


「も、もしもし…」


『あ、雨谷さん?大丈夫?すごいメッセージ来てたけど』


スピーカー越しに、先輩の声が聞こえてくる。

その声色は、私を安心させようと、心配してくれる優しい声。


嗚呼、毎日聞きたい。


「あ、ああ…いえ…すいません…少し寂しくて…」


『そう、か…ごめんな、寂しい想いさせて』


ーーーッ!!!


いやもう彼氏でしょ。先輩。


こんなに私の事を想ってくれるなんて、彼氏以外ありえません。


もう、告白してしまいましょうか。


「いいえ、…先輩がこうやって通話かけてくれたので、大丈夫です」


だけど、今はまだ隠しておきます…先輩から告白してほしいから。


嗚呼…この時間がいつまでも続けばいいのに…なんて思っていれば。


遠くの方…正確には、先輩側の音声の遠くから…声が聞こえてきました。


『春幸ー、お風呂まだー?』


!!


完全に、女の声でした。


どういう事?他の女?


私のメッセージを無視しておいて…他の女と?


先輩、どういう事ですか。


「先輩、どういう事ですか、今の声は」


嗚呼、思わず口にしてしまいました。


『ちょ、こら雪芽…あ!雨谷さん、違うんだこれは』


名前呼び!?ユキメって言った!?

私はここまで進んで、まだ雨谷と苗字で呼ばれているのに?


「何が違うんですか、私、知っていますよ

 先週の土曜日、先輩が違う女と歩いていた事だって…」


そう、あれは日課の先輩観察…もとい先輩から離れよう訓練の最中でした。


あの日は久しぶりの訓練という事もあって、

先輩から15m~20mの距離をキープしていましたが


その時…私よりも年下な可愛らしい女の子が、

先輩の腕に抱き着いて…そのまま…200mも歩いていた事…

私、知っていますよ。


でも訓練の内容は秘密なので教えません。


『あれは、ほら、妹だよ。言ってなかったっけ?』

「嘘をつかないでください。妹ならお兄ちゃんって呼ぶでしょう」


これも既知の事実。


あの時の会話は鮮明に覚えていますよ


「お前、何してるんだこんな所で」

「春幸~、偶然じゃん!」

「ついてきたくせに…あと下の名前で呼ぶのやめろ!」

「いいじゃん、別に!誰も見てないんだし!」


間違いありません、あれは私への当てつけ…

このユキメさんという方は、私の先輩を狙っています。


だから今日河川敷で、私の秘密を暴露したんですよ。


あんなの知ってしまえば、私を放っておけないでしょう、先輩。


なのに、なのに。


『…あの時は妹がふざけて…』

「その時の声と同じ声が先輩の後ろから聞こえました。

 いるんでしょう?その雪芽という女が。

 私、信じてました。信じていたのに…先輩…」


思わず涙がポロポロ零れる。


嗚呼、信じていたのに裏切られた。


胸がぎちぎちと締め付けられる。

今こそ吐き出してしまいたいのに、吐き気はやってこない。


嗚呼、先輩…どうして…。


『…俺が悪かった、許してくれ。澪』

「!」


名前!?名前で呼んでくれた!?


それに…呼び捨て!?


…自分でも今日の私はおかしいと思う。


不安が私の指をかきたてて、

気が付けば何百件もメッセージを送ってしまったり

何回も通話をかけてしまったり…

先輩に迷惑をかけてしまってる。そんな私を…

捨てないでくれた!

謝って、縁を繋ぎとめようとしてくれた!

私の喜ぶことを考えて実行して…


嗚呼…先輩。


好きです…先輩。


「先輩…」


『お前が相談して、話してくれた後で

 すごく不安だったと思う…そんなお前に寄り添えなかった…

 お前の相談役失格だな』


「そ、そんなことないです!先輩!」


悲しそうな声で自分を卑下する先輩。


今でこそ、同居中の彼女(?)を放置して

私と付き合ってくれている…それだけで…私、幸せです。


『お前を不安にさせたり、寂しい想いさせるような先輩で、

 本当にすまん』

「…先輩…大丈夫です、私こそ、ご迷惑をおかけしました…」


見ていないかもしれないけれど、立ち止まってその場でお辞儀してしまう。


『いいんだよ、俺が悪いんだから…だからさ』

「…?」


先輩は元気で、明るい声で続けて言った。


『だからさ、またこうやって通話しないか?』

「!」

『頼りないけどさ、澪を助ける手助けがしたいんだ。

 俺、人助けが趣味みたいなもんだし』

「…先輩」


暖かな優しさが、心の中にじんわりと溶け込んでくる。


もう、寂しくない。


もう、怖くない。


「…先輩、できれば、ずっと相談役でいてくれますか」

『澪…』

「私、先輩となら…なんだって乗り越えられそうな気がします」


だから…ずっと一緒に…。


『…ああ、もちろんだ。俺は澪の…永年アドバイザーだからな』

「先輩ッ!」


目の前にいたら、またハグしたくなるようなセリフに

胸を締め付けていた不安や孤独が、涙となって目頭を熱くさせた。


その時。


『ちぇすとぉぉぉお!!!』

『ぐぁあああ!?』


ブツッ


「先輩!?」


通話の向こうから、声が響き渡る。

その直後、通話が切られてしまった。


二人の声、片方は…先輩だけど、もう片方は…ユキメという女の声だった。


「もしかして…先輩…」


ユキメという女に、DVを受けている?


だから、メッセージがなかなか既読がつかなかった?


その時、心に真っ黒な炎が灯った。


ユルセナイ。


ユルセナイ。


ユルセナイ。ユルセナイ。ユルセナイ。ユルセナイ。ユルセナイ。

ユルセナイ。ユルセナイ。ユルセナイ。ユルセナイ。ユルセナイ。

ユルセナイ。ユルセナイ。ユルセナイ。ユルセナイ。ユルセナイ。


嗚呼…春幸。


今助けに行きますからね。


ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー


「さーてお兄ちゃん…なんで私が延髄蹴りをしたのかわかりますか?」


俺は、本日2度目の正座をして、うなじ周辺を手で押さえる。


「…わかりません痛かったです」


「ぶー、不正解」


可愛く言っているが、この妹、先ほど俺の高等部に蹴りをお見舞いしている。


妹がずい、と顔を近づけ、低い声で言う。


「俺と永年ずっと一緒にいてくれ」


…状況がわからない。

なんて困惑していれば、雪芽が顔を離す。


「なんて言われればプロポーズって思うでしょうが!」

「思わんだろう!」


どう考えればそうなるのか。恋人になってくれと直接言ってないんだぞ。


雪芽は地団太を踏んで反論する。


「じゃあ末永くお幸せにってつまりどういう意味だと思う!?」

「えっと…結婚おめでとうございます?」

「そういう事!!」


ますますわけがわからない、末永くお幸せにという言葉に該当するセリフを

雨谷さんとの通話で放った記憶が全くない。


「お兄ちゃん言ったよね」


ずん、と再び顔を寄せてくる。

正直怖い。


「俺は澪の、永年アドバイザーって」

「…アドバイザーって言ったじゃん」


どうしてそれが恋人だのなんだのという告白になるのか。


しかし、雪芽は、見たこともない剣幕でまくし立てた。


「永年ってことは死ぬまでずっと一緒にいたい!!

 夫婦は人生の相談役!!

 つまりアドバイザーってことは夫婦になってください!!

 そういう事になるの!!!」

「ならねーーーよ!!!」


あまりにも理不尽さに大声を出してしまう。


そして悲しい現実がある。


それは、雪芽と雨谷さんの思考回路はほぼ同じという事が

今日の一連の流れで判明している。


その為、雨谷さんも同じことを考えている可能性が高い。


…どうしよう。


もはや頼みの綱は雪芽しかいなかった。


「…雪芽…俺はどうすれば…」

「うーん…」


雪芽も顎に手を当て考えてくれている。


「お兄ちゃん的には…雨谷さんを助けてあげたいんだもんね」


いよいよ生ごみ女呼ばわりしなくなった。

雪芽の中でもきっと、助けたい相手…にはなったのだろうか。


「ああ、でもそれがきっかけで…恋人にはなりたくない」

「どうして?」


不意に質問を投げられた。

さっきなら、雪芽の機嫌を取るために「雪芽がいるからな」と答えたが…。


「…すごい自分勝手かもしれないけど…俺は

 もっと、人助けがしたい」


それが、やっぱり俺の芯になる部分だと思う。

そこは揺るがない。


「そりゃあ、恋人がほしくないわけじゃない。でも…

 今日みたいなことになって…雪芽を優先しすぎて雨谷さんが傷ついたり

 雨谷さんを優先して雪芽が嫉妬したり…そういうのは、見たくない」


当然、俺はヒーローじゃないし、助けられない人だっている。

だけど、見える範囲の人は、全て救われてて欲しい。


「平等に救われていないまま、誰かを好きになって恋人になるなんて

 俺は…できない」


両手の拳に、思わず力が入る。


誰かを選ぶ、それは、誰かを裏切る。


そんな考えがある限り、俺には恋人なんて出来ないだろうな。


なんて考えた日もあったっけ。


ふと、雪芽の方を見れば、ぽた、ぽたりと涙を流していた。


…俺、感動するほど高尚な事言ったっけ。


「…シレっと私と恋人になる気が無いって言われた…」


そっちかぁ~。


誰も選ばないという事は、誰も救われない。


そういうのも学んでいこう。


「…雪芽、ごめん」

「いいよ、お兄ちゃんの考え、教えてくれて嬉しい」


頭を下げれば、雪芽は涙を拭いた。


そして、俺の肩をぽん、と叩いた。

「よーし、任せなさい!私が良い案考えてあげる」

「ほ、本当か!?」


思わず足に縋りつく。

ありがとう雪芽!さすが俺の妹!


「うん、ただし、救われるかどうかはその雨谷さん次第だから…

 明日、家に連れてき―…」


ピンポーン


最後まで言い終わる前にインターホンが鳴った。


時計を見れば、すでに22時を回っている。


こんな夜更けに、一体誰が…。


俺が立ち上がって玄関を開けようとする。


その時、雪芽が腕を掴んだ。


「行っちゃダメ!」

「!?」


その声が向こうにも聞こえたのか、声がする。


「その声、ユキメって子だよね。春幸」


声で判断できた。


その声は。


「あ、雨谷さん」

「あれ、春幸、呼び方変えた?さっきは澪って呼んでくれたのに…」

「そ、そういう澪は…敬語やめたね、どうしたの?」


身震いする。


彼女の一言一言に凶器を感じる。


恐る恐る尋ねてみれば、彼女の声は嬉しそうに扉越しに聞こえてきた。


「だって…自分の夫に敬語なんておかしいでしょ?春幸」

「ッーーー!?」


背筋が凍る。


まさか、雪芽の言っていた事と同じ発想!!

あの通話の最後が…プロポーズと捉えられていた!!


「…あー…えーと…ところでさ、今日どうしたの?

 こんな夜中にさ!?」


説得したい。勘違いだと伝えたい。

だけど、今扉開けるのは危険だと、無言で腕を掴んだままの雪芽が訴えかけていた。


「当然です、春幸は私を助けてくれました…

 今度は、私が春幸を助ける番でしょう?」


扉の向こうから声がする。

その声は、人を呪わんとしていると錯覚するほどの

狂気を孕んでいた。


なんとか、挽回しなければ。


「だ、大丈夫だよ澪!雪芽は妹だし、ちょっとヤンチャなだけだから!」

「ヤンチャな妹はお兄ちゃんに暴力振るわないわ。

 それにもうすぐ私の義妹になるから…ちゃんと教育しないと…」


まずい…。

完全に暴走している。


俺の言葉でこんな風になってしまうなんて…。


「それに、匂うのよ」

「…匂う?」


俺は既視感を感じる言葉に眉をひそめた。


「その義妹から…生ごみみたいな匂いがね」


お前も嗅覚鋭いんかーーーい!!!!


脳内でツッコミをしている場合ではない。


いつまでたっても扉越しに話していては…埒が明かない。


勇気を出して…扉を開けねばならない。


今、雨谷さんに必要なのは…信頼できる相手、つまり俺だ。


その信頼が揺らいでいる、だから、怖いんだ。


その怖さを…取り除くんだ。


雪芽に目配せする。


雪芽が玄関から離れ、俺と雪芽の部屋から掛布団を2つ持ってくる。


作戦の意図を理解した俺は、掛布団を1つ預かる。


「わかった…澪、扉を開けるよ」


「…」


返事はない。だけど雪芽の鼻は向こう側にいる雨谷さんを捕らえていた。


「3…2、1…」


雪芽に合図をするようにカウントを取る。

そして…


ガチャッ!


「はるゆきぃぃぃぃいいい!!!!!」


目の前には、髪を振り乱し暴れ狂う雨谷さんだった。


その手には、どこから拾ってきたからか、

駐車禁止の道路看板が握られていた!


「う、うわぁあああああああああ!!?」


パニックになりながらも雪芽と一緒に雨谷さんを取り囲む。


掛布団の大きさと、意外とある重さは…あっという間に雨谷さんの行動を制限した。


「何するの!?離せ!アバズレが!私の春幸に手を出すな!」

「はぁ…はぁ…いや雨谷さん、俺も一緒に拘束してるから」


雨谷さんを玄関で掛布団で封印完了すれば、

落ち着くまで、抑え込んでいく。


その間に、雪芽が長い電源コードを見つけ、布団の上からぐるぐる巻きに縛っていく。


「雨谷さん…ごめん、しばらく、大人しくしてて」

「…どうしてなの、春幸…ずっと一緒にいてくれるって…言ったのに…」


裏切られた、と言うかのようにこちらを見る雨谷さん。


ごめん…俺が言葉をしっかり選んでいれば…。


す巻き状態の雨谷さんの目の前に、雪芽が正座した。

丁度、雪芽の膝元に雨谷さんの頭がある形になり、

雪芽が雨谷さんを見下ろす形になる。


「雨谷さん…、妹の雪芽です…この度は、勘違いさせてごめんなさい」


雪芽が、深々と雨谷さんに頭を下げる。

しかし、雨谷さんはじろり、と雪芽を睨んだ。


「勘違い?何が?春幸のプロポーズが?

 そんなのわかってる…でも、貴女なんかに春幸は渡さない」


溜息が出そうだ。

ここまで…酷くなるか。

頭を抱えていれば、雪芽が首を横に振った。


「いいえ…そうじゃない。私、お兄ちゃんと雨谷さんが電話していた時

 実は…嫉妬してしまったんです。ううん、それだけじゃない…

 きっと、外でお兄ちゃんを下の名前で呼んで…勘違いさせようとしてた事も…

 もしかしたら見ていたんじゃないですか?」

「…」


睨んでいた目線が、ゆっくりと外れる。


雪芽は、続ける。


「ごめんなさい…私、雨谷さんの言う通り、

 お兄ちゃんを取られたくなかった。でも、お兄ちゃんは…

 雨谷さんを助けたかったのに…」


俯きながら話せば、その声はだんだんと小さくなっていく。


雨谷さんが、ちら、とこちらを見る。


「…本当?」


「…う、うん…雨谷さん。君を助けたいって思ったのは、本当だよ」


たじろぎながらも肯定する。

だって今の雨谷さん、拘束されているとはいえ、

人を丸飲みできる蛇みたいな目なんだもの。


「……助けたいなら…私の一生、傍にいてほしい…」


雨谷さんは絞るような声で、願いを口にした。


「…こんな体なら、女になんて産まれたくなかった…

 お父さんが間違いを犯すようなこんな体なんて…

 だけど、春幸先輩だけが…そのままで良いって、言ってくれたんです…」


話しながら涙を流す雨谷さん。


その姿は、だんだんといつもの雨谷さんに戻っていくようだった。


「お願いです…春幸先輩…捨てないでください…

 ずっと、傍にいてください…」


…俺は、首を横に振った。


「ごめん、雨谷さん。それは出来ない」


「嗚呼…先輩ぃ…」


広い玄関に、雨谷さんのすすり泣く声が響き渡った。


ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー


「…」

「…」

「…」


一通り泣き終えた雨谷さんの拘束を外す。


どうやら落ち着いた様子で、手に持っていた駐車禁止の看板も

元の場所に戻してから帰って来た。


そして3人再び集まり、我が家のリビング。

家族用の4人掛けテーブルの椅子に

それぞれ座って、顔を見合わせていた。


「…春幸先輩…、雪芽さん…申し訳ございませんでした」


雨谷さんが切り出し、頭を下げる。


俺はそんな雨谷さんを見つめていた。


「いいよ、雨谷さん…不安だったんだよね」

「…はい」


頭を下げたまま、雨谷さんは返事する。


俺は、雨谷さんに自分の考えを話すことにした。


「…雨谷さんを助けたい、それは本当。

 だけど、雨谷さん以外にも…俺はいろんな人を助けたい」


「…わかります、そういう人なんですよね、先輩は」


覇気のない、雨谷さんの声。


俺は…どうすればいいのかわからない。


雨谷さんと付き合わずに、雨谷さんを助ける方法。


それを探しているけれど、…どこにも見当たらない。


「はい、そこ2人、暗くならない!」


びし、と俺と雨谷さんを雪芽は指さした。


「雪芽…」


雪芽が俺の方を見れば、に、と微笑みかけた。


「一緒にいてあげればいいじゃん」


「…へ?」


それは、俺が避けていた方法だった。

恋仲でもないのに…雪芽だって嫌がるはずなのに…

一緒にいるだなんて。


「別にいいでしょ、友達なら一緒にいるのって」

「雪芽…!?」


あの、女の子と絡むだけで、匂いで察知して騒ぎ立てていた雪芽が。

女の子と、一緒にいる事を許した…?


雨谷さんも意外な様子で顔を上げて雪芽を見ていた。


「ただし!」


雪芽は続ければ、雨谷さんに顔を近づけた。


「…雨谷さんは時間をかけてでも、絶対に自立して。

 自立したら、お兄ちゃんと離れる事」

「…雪芽さん」


自立する。


つまり、今の雨谷さんは俺に依存してしまっている、という事を

雪芽は言いたかったのだ。


だから、俺が女の子と会っていれば、捨てられるかもと思ってしまう。


だから俺が離れれば不安でしょうがない。


「…うん…私、春幸先輩に…迷惑かけたくない」

「そう、その意気!でも一人だと難しいから

 …しばらくお兄ちゃん、貸してあげる」


さりげなく俺を自分の物だとアピールする狡い妹。

別にいいけど。


そのアピールは、どうやら雨谷さんにも伝わったようだった。


「…やっぱり、貴女生ごみみたいな匂いね」

「アンタも同じよ、…似た者同士だね、私達」


そう言い合えば、悪い笑顔でニシシ、と雪芽が笑う。


それにつられて、雨谷さんは、クスクスと笑いを立てた。


「…春幸先輩」

「…はいっ」


雨谷さんがくる、とこちらに向き直る。

俺も思わず、背筋を正す。


「…不束者ですし、一時期だけですが…よろしくお願いいたします」

「あはは、こちらこそ、しばらくの間、よろしくお願いいたします」


2人揃ってお辞儀をすれば、雨谷さんは嬉しそうに微笑んだ。



ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー


「はぁー…しかし、雪芽が折れるなんてなぁ」


物珍しいものを見れたと思い出し笑いする。

それが面白くないのか、ぽこ、と俺の頭を雪芽が叩いた。


「うるさいなぁ!似てるからわかるの!

 お兄ちゃんが居ないと生きていけないっていう人の気持ちが!」


アハハ、と俺が笑えば、雪芽が頬を膨らませた。


明日からまた学校だ。


雨谷さんが自立できるように…俺は何ができるだろうか。


そんなことを考えていれば思い出す。


メッセージアプリだ。


俺は咄嗟にスマホを取り出せばスリープモードを解除する。

先ほどまで雨谷さんのメッセージ欄を開いていたため、

すぐに確認する事が出来た。


「お、1件だけ来てる」


俺はそれを読み上げる。


『今日はありがとうございました、少しずつ自立できるように頑張ります

 雪芽さんにも、よろしくお伝えください』

「だとさ」

「了解って送っておいて~!」


晩飯を食べた後なので、雪芽が洗い物しながら背中で答える。


俺は返信を打ち込めば、ホームボタンを押してアプリを閉じた。


そして、気付く。


「…あれ?」


アプリのアイコンに赤いバッチがまだ残っている。


赤いバッチには数字がついており、

その数字は、116件。


雨谷さんのメッセージは全て既読をつけた。


しかし、件数が…100件程しか減っていない。


一体どうして…?


俺は再びアプリを立ち上げる。


「お兄ちゃん?お風呂先に入る?」


誰が、こんなにメッセージを?


「…あ、先に言っておくけど、

 お兄ちゃんを貸すのは雨谷さんだけだよ?

 他はもう無いからね」


友達一覧を指でスクロールする。


「おーい、おにいちゃーん?はるゆきー?」


…そして、見つけた。


俺の高校の同級生で…生徒会長。


赤井 舞。


そういえば今日、雨谷さんのほかに…

連絡先を交換した相手だった。


タップしようとした、その時、

家の電話が鳴った。


プルルルル…プルルルル…


「あ、お兄ちゃん、今手が離せないから取ってー?」


…俺は、その電話に出る事が…

出来なかった…。


しばらく出なかった電話は

呼び鈴を鳴らすのをやめ、

留守番電話のメッセージを再生し始める。


『ただいま電話に出る事が出来ません。

 ピーという発信音の後に、1分間のメッセージを

 お話しください』


「ちょっとお兄ちゃん、どうして電話取ってくれな…」


ピー!

『やあ春幸君。赤井舞だ。


 まさか君がこんなにも薄情な奴だと思わなかったよ。


 連絡先を交換した後にメッセージを返してくれないなんてね。


 思わず家の電話にかけてしまったじゃないか。


 それすらも無視されるなんて本当に心外だよ。


 そういえば先週の土曜日、彼女らしき相手と歩いていたのを見かけたんだが


 明日、きちんと説明が欲しい。いいかい?


 君には赤井舞というものが居る事を忘れないで欲しい。


 それじゃあ、寝る前に必ず電話をくれ。さもなくば私は』


ピー!


「…」

「…」


俺と雪芽は絶句してしまった。


淡々と読み上げるように残されたメッセージだったが、

その声色には狂気が滲み出ており…、

そこから算出される顔色…というか表情は…


丁度、今、雪芽がしている顔と同じなんだろうな。


なんていう風に思いながら…俺は今雪芽の表情を眺めていた。



「…えっと…雪芽…?」

「なぁに、お兄ちゃん」



ああ、また目から光が失われてるよ。


「…もし雪芽が…この電話の主だったとしたら…」

「だったとしたら?」



「俺は明日なんて声をかければ…いったああああああああ!!?」


なんというか今日も、

入浜家は賑やかでした。


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ヤンデレと化した友達の対策をヤンデレの妹に相談する事にしました オーダマン @audaman

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