第59話 人気美少女アイドルの乙女な表情
「本当に月、綺麗だね」
渚さんも空を眺めなが呟く。
ブランコに座り、空を見上げる渚さんの瞳は公園の街灯と月明かりが屈折していた。
「それはどっちの意味ですか」
そんな横顔に見惚れながらも、俺は小さく笑いながら渚さんに聞く。
「さぁね? どっちの意味の方が嬉しい?」
「もう聞かなくても分かりますけどね」
「五月くんも遂に私の心が読めてきたかぁ」
「渚さんのことですからね。逆にその意味にしか捉えられないですよ」
「私のこと分かってきてるじゃん」
俺の心を見透かすような小悪魔な笑みを浮かべる。
さほど月日は経っていないものの、ただのお店にくる人気美少女アイドルだった関係は深くなっている。
短いながらも濃い関係だからな。
相手が人気美少女アイドルというだけでも相当濃厚なのに、カフェのバイトである俺のストーカーとか、この世でこの関係性が成り立っているのは俺たちだけだろう。
そこから友達になり、ライブに行き、密室で抱きつかれ、ステージ上で俺を惚れさせた。
今はラーメンを食べて公園でどこにでもいるカップルのようにブランコに座りながら話している。
何が俺たちの関係を深めたというと、やはりそれは渚さんのおかげであった。
人の心を動かす力を持っている。
美貌という点でもそうだが、嫌悪感を抱いていた俺の心をいとも簡単に動かしてしまった。
たかが男子高校生一人を落とすくらいアイドル様にとっては簡単なのかもしれないが、関心してしまう。
直接的な何かは、俺にはまだできない。
渚さんから告白をされても、OKする心はまだない。
だが、準備を整えるにも、何かしら自分で行動をしなければ始まらない。
少しでも、なにか一言でも、自分を動かすきっかけになる行動を起こさなければ。
それにはまず、俺ばっかりが言われっぱなしではダメだ。
「俺はもっと渚のこと知りたいけどね」
ブランコから立つと、わざと聞こえる声で呟く。
「え……」
普段違う俺の言動に戸惑う渚さん。
俺が始められる些細な行動は、自分から意図的に渚さんに好意を寄せる、もしくはドキッとさせることだ。
チキンでもなんでも言えばいい。でも、これが俺のやり方だ。
「今、私のこと渚って……しかも俺って言ってたし……敬語じゃないし!」
「ん? なんのことですか?」
しらを切る俺に、頬を赤らめながら早口で聞く渚さん。
「私ちゃんと聞いてたんだから! せめて言うなら面と向かって言ってほしいんだけど!」
「なんのことか分かりませーん」
「五月くんが小悪魔キャラなんて100年早いの! いつもみたいに照れながら私を見てるだけでいいの!」
「何を言ってるか僕にはさっぱりなんですけど?」」
「もう! 五月くんのバカ! アホ! イジワル! イケメン!」
「さ、明日帰りましょ。もう夜も遅いですし」
後ろから貶しているのか褒めているのか分からない言葉を浴びせられながらも、俺は公園の出口に向かう。
「あ、ちょっと! まだ話は終わってない!」
その後ろを、必死に追いかけえてくる渚さん。
その表情は、人気美少女アイドルであり、カフェの常連で俺の元ストーカで、俺の好きな人である『渚心月』が、今まで誰にも見せたこともない乙女の表情をしていたことは、気付いていないフリをしておこう。
バイト先に来る人気美少女アイドルに何故かストーカーされている もんすたー @monsteramuamu
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