第58話 月が綺麗ですね……

 自分の情けなさに虚しくなり、ふと空を見上げる。

 俺の靄が掛かる心と対照的に、空は雲一つなく澄んでいた。

 星が輝き、満月が煌めく空を見ながら、


「月、綺麗ですね」


 気づけばそう呟いていた。

 空には見えないだけで、無限と星や惑星がある。

 その中でも月は地球から肉眼ではっきりと分かるくらいの存在感。渚さんみたいだ、と思ったののは本人に言わないでおこう。


「それって――」


 声を詰まらせる渚さんの方を見ると、月明かりが反射した乙女の瞳をこちらにじっと向けていた。

 しかし、キョトンとする俺を見て、


「それ、意味分かって言ってるの?」


 と、クスっと笑う。

 意味も何も、思ったことを口に出しただけで笑われるのはなぜだろうか。

 月が綺麗だから、月が綺麗……

 この言葉の意味を思い出した俺は、かぁっと頬が赤くなる。


 夏目漱石が『I IOVE YOU』を翻訳した……ってこんな日本人なら誰しも分かることを考えずに言っていた自分が恥ずかしい。


「……笑わないでください」


 羞恥に両手で顔を隠す俺は、笑う渚さんを見る。


「だって…っ…五月くんが意味も考えずに真顔で言うからっ」


「僕はただ月が本当に綺麗だから言っただけで他に何も……」


「だから面白いんじゃん」


 口角は上がったままだ。


 ここまでツボに入られるとさらに恥ずかしい。


「でもドキっとしたなぁ……急に告白まがいなことされるんだもん」


 笑って浮き出た涙を人差し指で拭きながら言う渚さん。


「自覚なしですけどね」


「五月くん、あざといね」


「あざとかったらもっと故意的に言ってますよ……多分」


 俺も女の子をあざとく落とす小悪魔な男だったら、変なことを考えずに告白なんてできるのに。


「私は五月くんのことをあざといと思ってるよ?」


「具体的にどの辺がですか」


「うーんとね、存在自体が」


「それ渚さんが思ってるだけですよね……」


「だって名前からもうあざといよ私からしたら」


「どこがですか、普通の名前でしょ」


「私と五月くんどっちも『月』って漢字入ってるよね」


「言われてみればそうですね」


「心月と五月……名前は似てるし、改めて運命感じちゃう……これはあざとすぎるよ」


「やっぱ渚さん限定じゃないですか」


 一人ではしゃいで上の空の渚さんに、俺は呆れてため息を吐く。

 些細な事でも喜びを感じられる渚さんは羨ましい。自分の心に正直なところも、それを素直に伝えられることも。


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