第54話 戦略的撤退
「何イチャイチャしてるんですか」
俺達の様子を阿比留はジトーっとした目で眺める。
「要するに、感謝したいよ私は」
勘づかれたと気づいたか、コロッと顔色を明るく変える。
「先輩に感謝ですか……またまた先輩も隅におけませんね」
「お前は誰目線だよ」
「この場では親目線としか言えませんね~」
と、軽く返す阿比留であったが、何かを隠していそうな表情であった。
阿比留は、何か知られたくないことがあると持前の笑顔でごまかす癖がある。
前も一度、そのような出来事があった。そこからは相談事があったら頼ってくれと言っているのだが、今回は何を隠しているのだろうか……笑みを浮かべてはいるが、どこか寂しそうな眼差しだ。
「親目線かよ」
「先輩は私と長年の仲じゃないですか~。そりゃー親目線にもなりますよ~」
「まだ一年未満だろうがよ。お前がバイト入ってきたの4月の頭なんだから」
「長年一緒にいると錯覚するくらい親密な数か月だったってことですねそしたら」
「へぇ~、親密かぁ」
阿比留と渚さんの目が合うと、バチバチっと間に火花が散る。
また2人が喧嘩しそうだ。どうせ渚さんに泣かされるのがオチだろうけど。
「伸びる前にラーメン食べません?」
流石にカウンターの席で言い争うのはお店にも迷惑だ。
やるなら外に行ってどこか公園で言い合いをしてほしい。
仲介に入る俺であったが、
「先輩はラーメンだけじゃなくて鼻の下も伸びてますけど?」
何故か俺にまで飛び火してきた。
「伸ばしてね~よ別に」
「よっ! 私上手いっ!」
「今のは上手かったけども」
「ここのラーメンも美味い!」
「そろそろウザいぞ」
渚さんを挑発したり、いきなりお調子者になったり忙しいやつだ。
横から嫌な視線が刺さってくるが……気にしたら負けだ。
「阿比留ちゃん。早く食べて外でお話しよっか」
怒りを隠した笑みを阿比留に向けると、そのままラーメン黙々とを食べ進める渚さん。
ラーメンに対しては、心の底から湧き出る笑みをこぼしていた。
「先輩どうしましょう……」
と、俺に気まずそうに小声で相談してくる阿比留。
「覚悟を決めておいた方がいいんじゃないか?」
「真っ正面から戦えと⁉」
「逃げるのも一つだと思うけどな。戦略的撤退」
「理由を作って今日のところは逃げるしかないか……先輩ありがとうございます!」
俺からのアドバイスを聞くと、阿比留はずるずると渚さんに負けじとラーメンをすすり始めた。
2人が静かになったので俺も食べ始めようと思ったが、
「もう手遅れか」
スープに混ざっている鶏油は表面で固まり、ラーメンは既に伸びきっていた。
ため息を吐きながらも、味は悪くないので食べ進める俺は、この2人に挟まれるとろくに食事ができないことを今日で痛感したのだった。
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