第53話 初めてだったよ……私

「私は五月くんにいろんな初めてをもらってるからね。五月くんの初体験をもらえるなら、鼻血出して喜ぶけど、それ以上になんだかんだ一緒にいてくれることがうれしいんだ」


 ゴクリとスープを飲むと、渚さんは優しい声で言う。


「俺、渚さんにそんなに初めてをあげましたかね?」


 逆に俺の方が渚さんに初めての経験をもらっている。いい意味でも悪い意味でも

 ストーカーされるのだって、通帳を作られたのだって初めて。


 女の子に迫られるのだって初めてだし、心臓がはち切れそうなくらいドキドキするのだって生まれて初めての経験だった。


 それに、渚さんのような美少女アイドルが相手なんて、初めてどころか普通ではありえない経験だ。


「五月くんは気づいてないだろうけど、私は五月くんにいっぱい初めてをもらってるんだよ?」


 横から俺の頬に人差し指をあてる。


「私、アイドルで人が経験したことないことを沢山経験してきたけど、その半面、大半の人が経験したことを私は経験したことがないんだ」


「ラーメンもその一つですか」


「当たり~」


 当たり前が当たり前じゃない。真逆の人生を歩んでいる人にとって俺達一般人の日常は非日常なのか。


「カフェに来たもの――」


「そうだよ? 五月くんがあの時に窓際で作業をしてなかったら私はあそこに行くことはなかったし、もちろん今こうやってラーメンを食べてるなんてありえなかった」


「……偶然ですね」


「運命だよ。カフェにすら入ったことなかった私を導いてくれたんだから」


「ある意味そうかもしれませんね」


「それが私が五月くんからもらった一番の初めてだね、あその前にもあるか」


「前?」


「一目惚れ」


 ニッと小悪魔に微笑む渚さんに、思わずラーメンを吹き出しそうになる俺。

 ……不意すぎるだろ、その殺人級の可愛さは。


「男の子に初めてアピールしたもの、ライブに誘ったもの、一緒にご飯を食べたもの全部五月くんが初めて」


 追い打ちをかけるように話を続ける。


「ライブの前のアレだって……あんなにドキドキしたのは初めてだったよ私」


 耳を赤く染めながらも、阿比留に聞こえないように耳打ちでそう言う渚さんに、


「俺も……です」


 顔を真っ赤にしてしまう。

 なんでいきなりおちょっくってくるように言ってくるんだ渚さんは。小悪魔すぎる。

 変に爆弾発言をするより幾分マシだが、俺の精神が全く持たない。

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