第44話 エトワール・プレフェレ

「みんなありがとう! 今日のライブは楽しめてる~⁉」


 曲が終わり、スポットライトに照らされた渚さんはそのままMCを始めた。

 汗を拭い、ペットボトルの水を飲む姿に、ファン達も叫喚の雨あられ。

 会場内の熱気も最高潮となり、座っているだけで汗が出くる。


「この感じならもっと盛り上がっていけるわね。けど一応みんなに聞いておくわ! 

 もっと盛り上がれる人は~?」


「「「「一番星に手を伸ばせ~!」」」」


「お~?」


 ライブの定番なのだろうこのコールが分からなかった俺は、情けない拳を空に上げる。


 普通そこは「お~!」とかじゃないのか? アブノーマルすぎて初心者には全くついていけん。


「さて、みんなが元気なことが分かったから次の曲に行くよ~! ……っとその前に」


 ステージ上の階段を軽快に降りると、会場中心に伸びる長いステージの上を歩き始める。

 流石に想定外だったが、歓声を上げたファン達は一斉に静かになった。


「次にやる曲は、スター☆ブライトの一番人気曲で私の一番思い入れのある曲……」


「「「「おぉ~」」」」


「今日はね……とある人に私の気持ちをこの曲に乗せて届けたいの。私の、私の大切な人に」


「「「「だ~れぇ~?」」」」


「そ、それは秘密! 絶対に教えないから!」


「「「「え~」」」」


 ファンと息ピッタリのMCだな。これが洗練されたスター☆ブライトのファン。

 体力だけではなく阿吽の呼吸まである。


「つきちゃんなんか照れてる……可愛い」


 頬を赤くしながらおどけた表情をする渚さんに、横にいる阿比留も会場全体もほんわかとした空気に包まれる。


「コホンっ……ペースを乱されちゃったけど、ここから猛スピードで駆け抜けていくよ! みんな準備はいい⁉」


「「「「銀河の彼方まで一直線~!」」」」


「君の元まで~?」


「「「「どこまでも~!」」」」


「エトワール・プレフェレ!」


 パッとスポットライトが消えると、会場内も一斉に暗転する。

 そしてイントロが流れると、徐々に渚さんの衣装に散りばめられた星屑が煌びやかに光り始める。


「うわっ」


 まるで星のように輝き踊る渚さんの姿に、俺も声が漏れてしまう。

 けたたましい照明に目が眩み、音響に心臓が揺れる。

 それでも、渚さんから目が離せない。


 歌いながらもステージの上を歩きながらこちらの方へと向かってくる渚さん。

 関係者席は、会場中心に設置されているステージの最前列の一部。

 ファンサービスがあるライブではファンとアイドルがハイタッチをできるほどに距離は近い。


 ファンにサービスをしながらも着々と距離を詰めてくる。

 見惚れているうちにその距離は手を伸ばせば届きそうなほどに迫っていた。


 渚さんの星のように輝く瞳は、確実にこちらを見ていた。

 会場内に何万といるファンではなく、俺に。


 そして、サビ前。俺を見つめながら、渚さんは片目を瞑る。


「「「「うおぉぉぉぉ!」」」」


 刹那、会場がこれまでにない盛り上がりを見せる。しかし、俺には全く聞こえない。


 俺の中に響くのは、つきちゃんウインクの余韻と、マイクを外し、囁いた渚さんの声。


「――君のことだよ」






 ―――

 *エトワール・プレフェレ

 フランス語なので是非調べてみてください。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る