第43話 つきちゃんウインク

「もうダメだ……死ねる」


 ライブが開始されて30分ほどが経った頃、とっくに疲れ切ってソファーに座っていた俺であったが、阿比留もぐったりとした様子でソファーに座った。


 想像以上のファンの熱気に押されたか。

 それもそうか、最初からテンションMAXで飛ばしていたら疲れても当然だ。


「さっきまでの威勢はどこに行ったんだよ」


「私みたいな凡人がスター☆ブライト極めし聖人に叶うわけありませんでした」


「この盛り上がりをあと1時間以上続けるの凄いよな。どこから体力が出てくるのか」


「日々訓練されているんですよ。ライブにいるヲタクたちは」


「どんな訓練だよ」


 毎日何時間もライブ映像を見ながらテンション上げて歓声を上げる練習でもしているというのか。

 下手な軍隊の特訓より厳しそうだぞ。


「でも、このくらいの熱を持つファンが居るのはホントすごいですよね。スター☆ブライト」


「ごもっともな意見だな」


「このファンの中の8割以上がつきちゃん推しという事実もすごい」


「ペンライトの色が物語ってるよな」


 会場のペンライトのほぼ全てが、渚さんのメンバーカラーである水色に染められている。


「つきちゃん、すごいアイドルですよね本当に。ステージに立っている姿を見ると改めて実感します」


「お店に来てることが嘘に思えるくらいにな」


「先輩がそのアイドルに迫られてる方が嘘みたいですよ私からしたら」


「嘘であって欲しい事実だよそれに関しては」


 俺も渚さんとの住む世界が違うことを改めて実感してしまう。


「しおりんも歌上手いし、ガチ推しになっちゃいそう」


 フリフリとペンライトを振りながら、ステージに目を向ける阿比留。

 今流れているのは、栞さんがセンターを務める曲。


 華やかでそれでもってロジカルな曲調に、キリっとメリハリのあるダンス。

 可愛さも残しつつ、カッコイイよさも醸し出している。


「よしっ、そろそろ来ますよ先輩」


 意気込んだ阿比留は席を立ち、団扇とペンライトを両手に装備する。


「何が来るんだ?」


「先輩セトリ見ました? 次、渚さんのソロ曲ですよ」


「あー、カフェで俺に熱弁してきたやつ」


「私はこれを聞くためにライブに参加したと言っても過言ではありませんよ! もちろん他の曲もそうですし、しおりんの曲もよかったですけど!」


 アイドルグループにも関わらず、スター☆ブライトの曲の中で一番人気曲の渚さんのソロ曲。


 ダンスで他メンバーも参加しているものの、どれも渚さんを目立たせるための引き立て役。


 この曲を大トリにしないで中盤にする理由は、盛り上がりすぎて観客がザワついたまま帰ると、交通機関や会場周辺のお店がパンクするからだそうだ。

 数万人が一斉に帰宅するのだから、ただ帰っただけでも大混雑するのに、この曲終わりだと大パニックになるのだとか。


 それほどまでに影響力がある曲って……気になるよな普通に。


「そう! あとはつきちゃんウインクが飛んで来る可能性がありますからキュン死覚悟です!」


 ライブの伝説とも言えるのがこのつきちゃんウインクと言われるもの。

 サビにつきちゃんからウインクをされるというファンには堪らないファンサービスがある。


 ウインクをされた人は、その後の生活が何事もうまく行き、人生がばら色になるとかならないとか諸説があるらしい。


 ただ生活に対するモチベーションが上がってそうなるだろうけど……ファンの思考はポジティブでいいな。


 何をするにも人生が楽しそうだ。

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