第40話 これも優しさ

「先輩、随分と長かったですね」


 一般入場開始から数分が経ち、会場が混んできた頃、俺は関係者席にて、阿比留に詰められていた。


 渚さんは数分会議に遅れたものの、俺は滑り込みセーフで大丈夫だった。

 今頃栞さんに怒鳴られてるんだろうな……ご愁傷様です。


「一体つきちゃんとナニしてたんですか~?」


 関係者一人一人に用意されているソファーに座り、優雅にジュースを飲みながら阿比留は聞いてくる。


「普通に話してただけだが?」


「じゃぁ、ナニをそんな話すことがあったんですかねぇ?」


「ライブのこととか? その他諸々」


「うーん、怪しい」


「何が」


「その顔の火照り具合、絶対に何かありましたね」


 細い目を向けてくる。

 ここに来る前に自分でもトイレで顔を確認して大丈夫だと思ったが、まだ顔は赤かったようだ。

 よく見なければ分からないと思うのに、阿比留は鋭いな。


「何もないって」


 しかし真実はバレるわけにもいかないので、ないもなかったと言い張る俺。

 もし、渚さんに個室に連れ込まれてハグをされたとか言ったら阿比留は羨ましがって暴れそうだし、隠し通すのが吉だろう。


「ふーん……ま、いいですけど」


 案外あっさりと引き下がる阿比留。その顔はどこか嬉しそうであった。


「そうゆうお前も栞さんと何かあったんじゃないか?」


「あ、分かります?」


 指摘された阿比留は、おもむろに口角を上げる。

 この顔、『私も――』と自慢されるパターンだ。自分にあった嬉しい出来事を話すと長くなるんだよな阿比留は。


 前に人気バンドのライブチケットが当たった時、ただそれだけで1時間半もそのライブについて熱く語られたことがある。

 それもバイト中にだ。


「いやいいわ。聞いたらいらんことまで喋りそうだし」


 まだライブ開始まで時間はあるが、今は人の自慢話を聞く余裕など俺は断るが、


「先輩そこは聞いて下さいよ! ね? 私としおりんの間にあった出来事を!」


「どうせ友達みたいになったとかだろ? 渚さんの時と同じじゃんか」


「先輩はエスパーか何かなの?」


「あとはそうだな、連絡先を交換したとか、今度プライベートであって話すくらいまで決まったくらいまでは話が進んでそうだな」


「そこまで的確に当てられると怖いよ先輩」


 栞さんが阿比留と連絡先を交換したのは、渚さんの行動を監視して報告して欲しいという業務的な意味だろう。


 一番間近で渚さんを見ているのは阿比留と俺なわけだし、頼まれてもおかしくない。

 ただ、その場にいたのが俺ではなく阿比留だっただけで、決して親しくしたいから連絡先を交換してのではないのだろう。


 思考が単純な人はさぞ扱いやすかっただろう。『友達』と言っておけばなんでもホイホイ頼みを聞いてくれるんだから。


 栞さんの思考が手に取るように分かるぞ俺は。だって俺も同じ考えをもって阿比留を利用してる部分があるからな。


 真実を知ったら膝から崩れ落ちて泣きわめき、その後数日は家に引き込もるだろうから本人には言わないであげよう。


 時には人を騙し続けるのも優しさだ。


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