第39話 チャージ完了

「五月くんの匂い……スーっ//嗅ぐだけで元気になれる」


「危ない薬みたいな言い方やめてくださいよ」


「私にとって五月くんは薬物だよ……沼ってやめられなくなる……」


 香水だろうか、バラの香りが俺の鼻孔をくすぐる。

 首筋に掛かる渚さんの吐息が熱い。衣装越しだが体からも熱気が伝わってくる。


 強く抱きしめたら今にも折れそうなほど細い体。こんな体で渚さんはアイドルを頑張っているのか……と、感動的なセリフを言いたいとこだが……

 腹部に感じる柔らかい感触でそれどころではない。


 お、おっぱいがこれでもかと俺の体に押し付けられてるんですけど⁉

 なんだこれ、熱い、柔らかい、目線を下にすると主張の激しい谷間が見える。

 どうしよう、気にしだしたら胸のことしか考えられない……


 おっぱいおっぱいおっぱいが……すごい。


「あの……そろそろいいですか?」


 これ以上くっついていると粗相をしてしまいそうなので、渚さんから距離を取ろうとするが、


「まだダメ……チャージ完了してない」


「けど時間は……?」


「超能力を使って時間を止めてるから気にしなくていいよ」


「怒られても知りませんからね」


「もし怒られたとしても、悪いのは私だから」


 もう説教を食らうのは覚悟しているようだな。時間は過ぎているだろうし、今頃栞さんが俺たちを探し回っていてもおかしくない。

 俺も、早くここから出たいところではある。


 おっぱいという点もそうだが真面目な話、この時間が長く続けば続くほど、これが彼女だったら、渚さんが彼女だったらと考えてしまう。


 ストーカーどうこうは一旦おいておいて、渚さんはアイドルで俺はただの喫茶店でアルバイトをしている男子高校生。


 天と地の差がある。

 いくら渚さんからアピールされても、生きる世界が違い過ぎて考えてしまう。

 深く考えたところで意味はないのに。


「……チャージ完了しました」


 そんなことを考えていると、ポツリと呟きながら体を徐々に離す。

 幸せそうにはにかむ渚さんは、ハグをする前と後では別人のような表情をしていた。


「これでライブは頑張れそうですか?」


「ファン達を虜にしてくるよ!」


「その意気なら大丈夫そうですね」


「ちなみに、そのファンの中に五月くんも入ってるから」


「ファンになった覚えはないんですけどね俺は」


 スター☆ブライトのつきちゃんのファンになった覚えはない。

 今日みたいな渚さんが続けば、俺だって少しは心を開くのに。

 とは言ったものの、素の渚さんの虜には、ちょっとずつだがなっているかもしれないけど。


「さ、どうせ怒られるからゆっくり行こっか」


 俺の手を引きながらドアを開けて走り出す渚さんの後ろ姿を見て、俺はつくづくそう思うのだった。

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