第33話 衣装、可愛いでしょ

「はい2人とも私について来て~!」


 テンション高く扉を開けて俺たちにそう言ってくる渚さんが来たのは、2時間ほど経った頃だった。

 案外待ち時間は退屈せずに済んだ。


 スマホを見て、阿比留と話して、壁に掛けられているテレビにライブ中継されている会場準備の光景を眺めていたらあっという間であった。


「それより、どう? 今日の衣装。可愛いでしょ~!」


 顔だけ覗かせていた渚さんであったが、バッと体をドアから出す。


「似合ってますよ」


 と、クールに返す俺であったが、


「ちょっ……はわわわわぁぁぁあぁ……かっわいいぃぃ~!」


 実際は阿比留と全く同じ感情だ。

 こいつみたいに抱きついたり、声に出して言うわけではないが、内心叫んでいる。

 目の前にいる衣装姿の渚さんは正真正銘アイドルの姿をしていた。


 誰もが憧れる人気美少女アイドルの『スター☆ブライト』の『つきちゃん』が目の前に立っているのだ。


 銀河をモチーフとしたフリルのついたワンピースには、七色に彩られた星が散りばめられ三日月のカチューシャがチャームポイントになっている。

 こんなの可愛いに決まっているだろ。


 普段は奇行しか見ていないから、可愛さに拍車が掛かっている。

 これが本気を出した渚さんなのかと痛感してしまう。

 ストーカーなんてされてなく、普通に告白されていたら俺は即OKしていただろう。


「衣装崩れるから阿比留ちゃん離れてね~」


 興奮する阿比留を自分から引き剝がす渚さん。


「目の前に女神がいる~! ファンサしてくれますか~!」


「今しちゃうとライブの時にステージの上からファンサしてあげないけど、それでいいの?」


「……我慢します!」


 決めポーズをしながらウインクをされたり、投げキッスをされたり、そんなにファンサービスをされたいのか。


 ファンだったらキュン死するのだろうけど、ライブ関係なしに間近で迫られている俺からしたらキュンどころか恐怖で背中が凍りそうになる。


「さて! 関係者用の席がもう解放されたから、空いてるうちに移動するよ~ ちなみに一番前の席でリクライニング付きの椅子だから超特等席だからお楽しみに!」


「荷物忘れんなよ」


「ありがと先輩」


 楽屋の中を確認すると、先導する渚さんに付いていく俺たち。


「ⅤⅠP席ですよ! 一般でさえ取るのが難しいスター☆ブライトのライブで! もう最っ高!」


「多分値段をつけるんだったら何十万もするだろうからね~。味わいたまえよ~」


「舐めつくします!」


「五月くんも楽しみだよね? 私のライブ」


 少し前を歩く渚さんは、俺の顔を覗き込みながら言う。


「楽しみではありますよ、もちろん」


 人生で経験できることが奇跡ともいえる出来事なんだ。全力で楽しむつもりではいる。


 しかし、しかしだ……いくら楽しもうとしても、ステージに立つ渚さんが輝いて見えたとしても、脳裏には色々なことが思い出されてしまう……


 あんなことやこんなことが……

 はぁ……心の底から俺は楽しめるのだろうか……


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