第32話 手取り足取り♡
「ちょ早く入って! ここ開けてるのバレたらマズいから!」
「今行きます!」
「ちょ、先輩待ってくださいよ~!」
「お前の方が身軽なんだから早く走れ!」
「運動不足舐めてるんですか⁉ あとは男女の差!」
「運動しないから太るんだろうがお前は! それで足も遅くなるんだろ!」
「うなっ……!」
「2人も喧嘩しないで早くぅ!」
言い争いをしながらも、俺と阿比留は渚さんのもとへと小走りで向かう。
このバッグ、クッソ重っ!
走ると重量感がダイレクトに伝わってくるから腕がもげそう!
本当にグッズだけしか入ってないのかこれ。鉄球でも入ってると思えるくらいの重量感なんだけど⁉
「ドタバタしててごめんねぇ~。集合時間早くしちゃったけど大丈夫だった?」
「はい……はぁ、今の俺の心臓の方がドタバタしてるので……はぁ、はぁ」
「私はっ……はぁ……早く集合できて逆に……はぁ、安心でした……」
運動不足にはいくら短距離でも重いものを持たせて走らせてはいけない。肺が苦しい心臓がはちきれそう……
俺はいいとしてなんで阿比留まで死にそうな顔してるんだよ。
荷物も持ってないのにこのくらいで息切れとか、運動不足もいいところだ。
本格的にお腹に脂肪が溜まっていく一方だぞこのままだと。
いっそのこと、渚さんにダイエットのやり方でも教えてもらえばいいのに。多分、アイドルで歌って踊るから嫌でも痩せるのだろうけど渚さんの場合は。
「とりあえず私の楽屋に待機してもらう感じだけど大丈夫?」
先頭を歩きながら、渚さんが半身振り返りながら言う。
「今日は渚さんに手取り足取り教えてもらわなきゃいけないので従いますよ」
「勝手に行動して迷惑かけても私たちが来た意味なくなっちゃいますからね~」
「五月くんに手取り足取り教える……なんかエッチ……というかこの流れでエッチなことも教えてもいいのかな?」
「……やめてください」
これに関しては俺の言い方が悪かった。
渚さんだったら十分誤解をしてしまう発言だったな。注意しないと。
お姉さんに手取り足取りリードされるのは夢のような話だ。後輩キャラに可愛く迫られるのもそれはそれでいい。どちらにも癖に刺さる……って今はそんな妄想どうでもいい。
「はぁ……五月くんを今すぐ襲いたいとことだけど私はもう行くね。会議があるから」
俺たちを楽屋まで案内すると、慌ただしい様子で楽屋の扉ドアを開ける渚さん。
「ここで大人しくしてるんで仕事頑張ってください」
「ここに置いてある高そうなお菓子とかジュース飲みながらのんびりしてますね」
「ちょっとは慎めよ」
人様の楽屋にある差し入れを真っ先に食べようとするな。そんな事してるから体重がいつの間にか増えるんだろうが。
今ツッコんだところで、今日はチートデイだから関係ないとか言われそう。
「五月くんに応援された……超頑張れそう♡ そのまま五月くんの精力をダイレクトで味わえる精液とかもらえたらもっと良かったんだけど、また今度で♡」
俺に意味深なウインクをすると、渚さんは楽屋のドアを閉めた。
「……身の危険を感じる、ものすごく」
急に悪寒が走り両手で肩を押さえて小刻みに震える俺。
さりげなく言うから変に驚けない。なんの悪意もなく言っているから聞き返せないし言い返せもしない。
話術まであるアイドルとか、末恐ろしい。
こんな忙しい時でも渚さんは平常運転のようだ。余計な事を考えるくらいには余裕がある。
どんな体力してるんだよ。慣れなのか?
それとも渚さんがバケモノなだけ?
性欲はバケモノみたいにありそうだが、それは頭の片隅にしまっておこう。
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