第20話 アイドルの口を塞ぐアルバイト

「へ?」


 意味不明なことを言われた阿比留は、アホな声を出しながら小首を傾げる。

 俺も渚さんに抱きつかれて、豊満な胸が押し当てられていることに内心ドキドキしながらも、首を傾げていた。


 もしかして、阿比留を敵対視しているのか?

 でもなんで。単純に仲がいいからか? バイトで一緒にいる時間が長いからそこから関係が発展しているとでも思っているのだろうか。


「渚さん~、先輩を取らないでってどうゆうことですか~?」


「そうやって笑って誤魔化したって私は騙せないんだから」


「あ、え……」


 段々と渚さんの目つきが鋭くなる。

 なんか嫌な予感がする。この後お店の中に絶叫が響き渡るような……そんな感じ。


「な、渚さん? 表情怖いですよ……」


「あのね阿比留ちゃん。私に嘘を吐くのは100年早いと思うんだけど、まだそうやって誤魔化し通すの?」


「誤魔化すも何も私は……」


「なーんだ。ちゃんと言ってくれるなら阿比留ちゃんとも友達になってあげようかな~と思ったのに。あと気軽につきちゃん呼びもしていいし」


「マジですか!……あ、そもそも隠すことは何もない、です」


 一瞬食いついたな。阿比留は嘘を吐くと表に出るからすぐ分かる。こんなガバガバな感情セキュリティーでは到底渚さんを騙せるわけない。


「もういい。五月くん……阿比留ちゃん、五月くんのこと――」


「ああぁぁ~ぁ!」


 渚さんが俺に何かを言いかけると、阿比留はテーブルをバンと叩きながらその言葉を遮る。


「その反応、図星だったみたいだね」


「……っ……別に図星なんかじゃ」


「私より親しいからって五月くんを取れるとは思わない方がいいからね!」


「何? 俺を取る?」


「ホント、渚さん何言ってるんだろうね~私にも分からない~」


「この際いいじゃん。阿比留ちゃんは五月くんのことが――」


「ストップぅぅぅ!」


「うぐっ……」


 刹那、絶叫した阿比留は半泣きになりながら、渚さんに馬乗りになりながら強引に口を手で塞ぐ。


「ごめんなさいごめんなさい! あとで土下座でもなんでもするので今だけこのご無礼をお許しくださいぃぃぃぃ‼」


「ん……んっん……!」


「もうなんでもします! このお店のモノ全部無料にしてあげますからお許しくださいぃぃぃぃ‼」


「……」


 人気美少女アイドルのお客の上に乗っかり、口を塞ぎながら目に涙を浮かべるアルバイト。

 なんてカオスなんだこの光景は。嫌な予感が綺麗に的中してしまった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る