第17話 神様は五月くんなんだから!

謎の会話が終わると、渚さんはいつもの席へと腰を下ろす。


「ご注文、お決まりですか?」


 お冷とおしぼりを出しながら、どこかソワソワとしている渚さんに聞く。


「決まってるんだけど……」


「ブレンドコーヒーとミルクレープで宜しいでしょうか?」


 お店に来るたびに、渚さんはこのメニューを欠かさず頼む。

 たまに、サンドイッチやナポリタンなども注文をするが、その2つに付け加える形で注文する。

 渚さんはお店のミルクレープにドハマりしているのだ。


 一番最初に来たときは気まぐれで頼んだのだが、一口食べた瞬間に頬を押さえ、目をキラキラとさせながらパクパクと食べる手を進めていた。

 あのなんとも幸せそうな顔が忘れられない。


「ブレンドコーヒーとミルクレープを一つずつ。お作りしますので、少々お待ちください」


 ペコリと会釈をし、その場を離れようとするのだが、


「注文はそれでいいんだけど……」


 と、渚さんは何か言いたげな様子であった。


「他に何か御用がありますか?」


「用と言うか素朴な疑問なんだけど……」


「疑問ですか?」


「なんで敬語なの! それも接客するときの丁寧なやつ!」


 目を><とさせながら、声を張る。


「なんでと言われましても……」


 接客中だからに決まっている。今、俺は従業員、渚さんはお客という立場なので、俺が丁寧な言葉遣いになるのは当たり前だ。


「せっかく仲良くなったのに、なんかむずがゆい! 私へはいつもの五月くんでいいから!」


 まぁこんな正論を言っても納得するわけもなく、渚さんは無理強いをしてくる。


「そう言われましても、僕今バイト中ですし、一人だけそうゆう接客をするのは……」


「私の時はお客様は神様精神はいらないから! だって神様は五月くんなんだから!」


 一向に引かない渚さんを横目に、俺は店長へ救いの視線を向ける。

 しかし、店長はコーヒーを淹れながらも、クスクスと俺たちのやり取りを見ながら笑っている。


 従業員が助けを求めるんだから助けろよな⁉ これいわゆるクレーマーっていうやつだぞ⁉


 クレーマーが来たときは歴が長い店長が対応するのが接客業の暗黙の了解なんじゃないのか⁉


「渚さんもそう言ってることだし、他にお客さんがいないとき限定で普段通りに接してあげなさい」


 淹れたてのコーヒーをテーブルへと持ってくると、俺の肩をそっと叩きながら言う。


「ま、まぁ店長がそう言うなら……」


 仕事が一気にやりにくくなる。お店の制服を着て、仕事モードに入っているから切り替えが難しい。

 しかしこれも店長命令。やらなければならない。


「店長さん……これから聖人(セイント)って呼んでもいいですか?」


「思ってるだけにしておいてください。呼ぶなら是非マスターと」


「……マスター」


 温厚な表情をする店長に、神でも崇めるように合掌をしだす渚さん。


 店長も渚さんの扱い方をよく分かっている。流石接客業を長年しているだけある。


 内心、面倒事を増やしたくないのと、俺たちのやり取りを傍観できるという利点しかないからそう言っているだけだとは思うが……変な考えはやめておこう。

 このバイトを辞めてやろうという邪心が浮かんでくる。


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