第8話 なんでも知ってるよ?

「……まぁ、これからは僕の後をつけるのはやめてくださいね。これは渚さんのためでもあるので」


渚さんから一歩引きながら言う。


「私のため?」


「はい。渚さんただでさえ有名なのに、こんなことがバレたら大炎上ですよ?」


「炎上かぁ……そのくらい、五月くんと居れるならどうってことないかも」


「えぇ……」


「私言ったよね? ファンより五月くんのこと好きになったって。だからファンに嫌われようが、五月くんの傍に居れるだけで私は幸せ」


まだ付き合ってもない、というかただのカフェの店員とお客という関係性の人に言うセリフでは確実にない。


本当にヤバい人なのかもしれない、渚さん。これはどう回避したものか。

というかこのアイドルから俺は逃れられるのか?

いや無理だろうな。


これまでも後をつけられていたということは家を知られているはず。

それに、俺はあそこでのバイトはやめられない。てかやめたくない。

それに、この渚さんの表情。ホンモノだ。


「アイドル活動を差し置いてまで俺を選ぶって……渚さん、僕のことなにも知らないですよね?」


このセリフを言っていいのは、恋人と一生を添い遂げると誓ったアイドルだけだ。引退も視野に入れる重大な会見と時にいうセリフ。

それをこうも軽々しく言われてしまうと、俺も困惑する。


「五月くんのことなら私なんでも知ってるよ?」


と、小首を傾げる渚さん。


「な、なんでも?」


「うん。私が知らないことはないと思うんだけど」


おいおい冗談だろ? バイト先は当たり前に知られているし、家の場所も多分把握されている。それ以外、まともに話したことがない渚山に知られるわけがない。


「主に僕の何を知ってるんですか?」


細い目を向ける俺に、


「そうだな~。身長、体重、生年月日。好きな食べ物、好きな女性のタイプ、性癖、一日に何回一人でシてるかとか?」


顎に人差し指を当てながら淡々と言う渚さん。


「……」


いや怖い怖い! なんで俺そんな事まで知られてるの⁉ ただの従業員とお客だよね? それ以外なにもないよね⁉


ここまで来ると恐怖と通り越して関心してしまう。


なんで俺の性癖やらを知っているんだガチで……本当にバレてるとしたら死にたい。今すぐどこかに埋まりたい……


「私、それくらい五月くんのことが好きなの! 好きで好きでたまらないの!」


「は、はぁ」


これがもし渚さんじゃなかったら、今すぐ警察を呼んでいる。


しかし、アイドルという職業を抜いたところで、渚さんに言われても平然を保てる。

自分でも不思議だ。

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