第5話 後ろにいる
「帰ったらご飯食べてお風呂入ってゲームして――」
バイト終わり、帰宅した後のことをぶつぶつと呟きながら、俺は家路についていた。
今日はどっと疲れた。
お客も少なく、裏方の仕事もさほどなかったが、渚さんのせいで変な神経を使った。
体は重いし、頭はキリキリすいるし、なんか常に見られている感覚に陥っている。
「先にお風呂入ってリフレッシュだな……これは」
目頭をつまむ俺。
今も、後ろの方から視線を感じる。
時刻は夜の10時。バイト先から家までの路地には、この時間人影などあるわけがない。
1年ばかり通っている俺がいうのだから確実だ。
なのに視線を感じるということは、相当疲れてるんだろうな、俺。
はぁっとため息を吐く俺だが、ふと、阿比留の言った言葉を思い出す。
「帰り道、気を付けた方がいいですよ」この言葉が、どこか俺の中で引っかかった。
「まさか……な」
内心鼻で笑いつつ、一度止まって振り返ってみる。
スナックの電飾看板、隠れ家的存在の焼き肉屋。立ち並ぶ家の室外機やその他生活品。
「ほら、誰もいなっ……!」
15メートルほど離れた電柱の前に視線が行くと、俺は言葉が詰まる。
「いる!」
電柱からこちらを覗く顔がかすかに見えている。幽霊ではない。足は生えてるし、電飾看板の光に当てられて顔がハッキリとこちらに見えている。
「あの……渚さん。そこにいますよね?」
その正体は、バイト先によく来る人気美少女アイドルの渚心月。
俺、バイト先から後をつけられてたのか……? 阿比留が言っていたことがまさか本当に起きるなんて……ちゃんと話を聞いていればよかった。
ていうか、なんで俺は渚さんに付けられているんだ? 阿比留が言ってた俺に気があるということだろうか。
いやいや、美少女アイドルがまさかただの高校生に興味を持つことなんてあるのか? でもそうじゃなきゃ、渚さんの行動に辻褄が合わない。
……考えてもダメだ。直接本人から話を聞かなければ。
身の安全は保障されている。全世界に顔を知られている渚さんが、犯罪的なことをしないことくらい俺にだって分かる。
「渚さん? もうバレてるんで出てきてください。怒ったりしないので」
渚さん届くように少し大き目な声でそう言うと、地面に写る渚さんの影がピクリと動く。
「絶対、怒ったりしませんか?」
電柱の裏から、俺にそう言ってくる。
「怒らないですよ」
「本当の本当ですか?」
「はい。お店の常連さんを怒るなんて僕にはできませんよ」
怒りはしないが、説教はするかもしれない。
恐怖心がなかったわけではないからな。しかもこれじゃただのストーカーだ。
一歩間違えれば犯罪になりかねない。
これくらいは、俺から言っておかないと渚さんのためにもならない。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます