第4話 惚れている目


「あ、お会計いいですか?」


俺が視線に気づいていると勘づかれないように店内の掃除をしていると、レジの前に立った渚さんは、フロアに一人になった俺を見ながら、そっと手を挙げる。


「はい。ただいま行きますね」


一瞬にして接客モードになった俺は、営業スマイルをして駆け足でレジの方へと向かう。


いつも通り、なにも意識しない。一人のお客様として対応をしよう。いかなるトラブルもないように、きっちりと。


「……伝票失礼します」


カルトンに置かれた伝票を手に取ると、レジに注文した品を打ち込んでいく。


「ミルクレープと、ブレンドを一点ずつでお会計1200円になります」


「タッチ決済でお願いします……」


「はい。ではこちらにタッチの方お願いします」


決済端末を前に出すと、渚さんは優しくスマホをかざす。

気のせいかもしれないが、手が少しばかり震えているような気がした。


緊張……なのかこれは? 俺が笑顔で微笑んでも俯いてるし、まるでコミュ障の人のようだ。

何十万人の前で歌って踊るアイドルには到底思えない。


「……ごちそうさまでした」


「いつもありがとうございます。またのご来店お待ちしております」


「あ、その……また来ます」


「ありがとうございます」


チラリと顔を上げた渚さんは俺の顔を見ると、赤面しながら唇を噛みしめ、


「で、では……」


と、おどおどしたながら、店外に足早に去っていった。

渚さんの後ろ姿を見送ると、俺はお店の裏へと行く。

もうすぐシフトが終わる時間だ。少し雑用をしたら着替えて早く帰ろう。なんか今日はどっと疲れた。


「先輩……あれはマズいです」


更衣室のドアから阿比留は顔を覗かせると、細い目を向けてくる。


「マズいって、何が」


「つきちゃんの目。完全に惚れてる目をしてました」


「……どうして女子はすぐ恋愛に話を紐づけたがるのか」


ちょっと異性と何かしらあると、すぐに恋愛に持っていこうとする。

乙女心というのは理解できない。というかJKの思考回路は俺には全くもって理解不能だ。


「帰り道、気を付けた方がいいですよ先輩」


「いつも歩道をゆっくりと歩いてるし、信号もちゃんと守るから事故る心配はない」


「そうじゃなくて! つきちゃんに後を付けられるかもしれないじゃないですか!」


「ありえない話はほどほどにしておけ」


阿比留は真面目な顔でそう言うが、俺は鼻で笑って話を聞き流す。

しかし、俺はこの話をちゃんと聞いて阿比留と家の近くまで帰ればよかったと後悔することになる。


……なにせ俺は帰り道、後ろから途轍もない視線を感じることになるんだからな。


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