第2話 バイトのモチベーション

「お待たせしました。ご注文のミルクレープになります」


一度深呼吸をした俺は、いつも通り接客で使う爽やかな声で言いながら、テーブルにミルクレープを置く。


「あ、ありがとうございます……」


フードからチラリと顔を出し、俺の目を見ながらお礼を口にするアイドル様。

その吸い込まれそうなくらい綺麗な瞳に圧倒されながらも、


「いえ、ごゆっくりしていってください」


と、俺は笑顔を浮かべながらテーブルを後にする。


……なんだあの誰が見ても虜になりそうな瞳は。一瞬見ただけでも脳裏に焼き付き、彼女のことしか考えられなくなる。


マスクを顎まで下げていて顔全体もはっきりと見えたが、有名になって当然と言える顔立ちであった。


これがアイドルの力か……圧倒的すぎる。

そんな事を考えながらキッチンの方まで戻ると、後輩はすぐさま俺に駆け寄ってきた。


「先輩、どうでした⁉ 大丈夫でしたか⁉」


心配の眼差しを向けてくる後輩に、


「なんも問題なかったよ。ただ……初めて生で顔を見たけど、可愛すぎてビビった」


「ですよね! 私も初めてつきちゃんだって分かった時ビビりましたもん!」


「お前は声がデカすぎたよ。他にお客が居なかったのが不幸中の幸いだ」


『つきちゃん』とは、渚心月の愛称。ファンの間ではそう呼ばれている。俺はファンでもないし、第一にお客なので、『渚さん』とでも呼んでおこう。


「ホント、私がつきちゃんの第一発見者で光栄ですよ~。一生このバイト先で働きます」


この後輩、阿比留胡音(あびるこのん)である。


時代の流行りに敏感な現代っ子JKなので、当然『スター☆ブライト』のことも認知しており、2回目に来店した時だっただろうか、注文を聞きにいった際、テーブルで発狂をした。


何かと思って見に行けば、お客さんがまさかの人気美少女アイドルだったというわけだ。


「運命かもしれませんね~これ。お店に大人気美少女アイドルのセンター様が来てくれてるなんて、自慢のバイト先です」


得意げにフンスと鼻を鳴らす阿比留。

バイト先を自慢するならもっとお店を自慢してほしいものだ。

店内の雰囲気がいいとか、コーヒーとかデザートとがおいしいとか。


大人気アイドルが来店するのが自慢とか、お店の関係者以外知らないわけだし。


「それはくれぐれも自分の中だけに秘めておけよ。お得意のSNSに上げたりとかバカな真似はやめろよな」


と、俺は釘を刺す。


「そんな事死んでもしませんよ! つきちゃんと静かに一緒の空間に居れることがこのバイトのたった一つのやりがいなのに!」


「やりがいそれしかないのかよ……」


「バイトのモチベーションです! それに、この店が人気になったら、忙しくなるじゃないですか! 先輩もそれは嫌ですよね⁉」


「……ノーコメントで、ってお前この店が人気ないみたいに言うなよ」


このカフェは、個人店ながらそれなりに人気もあり、食べログなどの評価も高い。

客層も落ち着いた人たちが多く、あまりせわしなく人も出入りしないため、そこまで忙しくはない。


暇でもなく、忙しくもなく、一番ちょうどいい。

これが、人気美少女アイドルが通っていると暴露した途端にお店が人気になり忙しくなると、お店側からしたら嬉しいのだが、バイト風情からしたらそれはちょっと気が引ける。


給料を上げてくたら頑張れなくはないが、今の状況が一番居心地がいいので、


「お前、バカだからやりそうで怖い。くれぐれも口を滑らせるんじゃないぞ」


阿比留に念を入れておく。

これは平穏のため。もし、他の客に渚さんの正体がバレて広まったなら……それはまぁ仕方がない。


俺たちだけでも、この秘密は徹底しておかないと。


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