第14話 柔らかい檻
「具体的には本部…自分の家にいて、各国に散らばる幹部たちと連絡を取り合い、状況を確認する。それで何か問題が起こったりすれば、直接出向いて処理をする。その合間に、種族に何かあった時の資金のために、資産運用をしたり、不動産などを売買したりしている」
「本部って、ここから近いけど遠いところ? 資産運用? 不動産売買?」
宇宙人の仕事と言えばピンとこないが、案外普通のビジネスマンのようなことをしていると知った。
「株とか投資とか、土地や建物を所有して、貸し出したりもする。それらを活用して事業を展開したりする」
「事業?」
「リゾート開発やホテル経営、あ、このホテルも表向きの経営は地球人だが、土地は私のものだ」
「え」
それを聞いて和音は目を丸くする。相場はわからないが、ニューヨークの多分一等地に当たるだろうこの土地も彼の持ち物? 東京で言えば銀座とかと同じか。
惜しげもなく高い服を買い、専属の医師や看護師を雇用し、プライベートジェット機はレンタルらしいが、それでも一日一万円とかではないだろう。
それにこのホテルの部屋。それらを賄えるだけの金銭を持ち合わせているのだ。和音の想像よりずっとお金持ちなのは間違いない。
ただ、時給九百円、夜間勤務で千二百円で月十二万円から十五万円を稼いでいた彼女からすれば、年収五百万円を稼ぐ人だって充分お金持ちに思える。
「あの、お仕事があるなら、私のことは気にしないでやってくださいね。四六時中私に引っ付いている必要はありません」
文字通りこの広い部屋で、今も広々とした触り心地のいいソファにピタリと寄り添って座っている。
自分のせいで、彼の邪魔はしたくない。
「和音、悲しいことを言わないで。もちろん仕事は優先順位を決めて処理している。それに優秀な部下や秘書がいるから、私は重要な決定を下すだけでいい。でも今の私は君とお腹の子の側にいることが一番の優先事項だ」
「でも、安藤さんたちもいますし、私は今のところ特に異常もないし大丈夫です。三年もあるんだから、今からそんな風だともちませんよ」
これでは過保護過ぎる。和音はずっと母と二人で暮らしてきた。母は仕事があって、朝も昼も夜も一人でいることが多く、和音は鍵っ子だった。母が入院してからは昼も夜も一人だった。
1LDKの部屋でもだだっ広く感じたものだ。
それが今はその何倍も広い部屋にいて、なぜか体温を感じるくらい、これまで知らなかった人(しかも宇宙人)に、ピタリとひっつかれている。
「仕事はいくらでも代わりがいる。でも子供の父親は私で、君は母親。この子には私達しかいない。何かあった時にすぐに対応できるよう、今は側にいたい」
そう言って和音のお腹に手を当てて、愛しそうに撫でる。長い銀色の髪が七色に輝き絹糸のようにしなやかに流れ、和音の膝に落ちた。
「あの、ちょっとくすぐったいです」
「あ、すまない。これくらいでどうだ?」
「え、あ」
和音としては離れてもらおうと思って言ったのだが、通じなかった。
「あのですね、燕」
「なんですか、和音」
「トゥールラークの人って、皆こんな風なのですか?」
「こんな風?」
「その…過保護というか、距離が近いというか」
「さあ、他の者の事は知らない。でも、大切な我が子のことで、万全を期したいと思うのは当たり前だ。動物の中には卵を雌が産み、雄が温めるものもいるだろう? でも母親の胎内で育む種族は、産むまで関わることができない。だから私は母親が心置きなく妊娠期を過し、出産を迎えられるよう出来ることは何でもしたい」
「でも、その…何というか…落ち着かないの」
「落ち着かない?」
「そう」
「どんな風に落ち着かない? どうすればリラックスできる?」
「あの、そういう意味じゃなくて、私、男の人とお付き合いしたことがないから、距離のとり方がわからなくて」
何しろ和音は妊娠していても処女。父親とも疎遠だし、男性と親密な関係になったことがないのだ。
「それは、私を意識しているということでいいのかな」
燕がお腹に手を置いたまま、上半身を起こして顔を近づけてきた。
毛穴まではっきり見えるようで、和音は彼から離れようと身を捩った。
「和音」
「は、はい」
しかし燕は能力を使ったのか、和音は動くことができなくなり、ソファの背を掴んで和音を腕の中へ閉じ込めた。
「あの、三年…待つって」
「それは結婚の話で、それ以外のことは待つとは言っていません」
「え、そ、そうでしたっけ?」
さらりと長い髪が和音の顔の周りに落ち、柔らかい檻となって彼女を閉じ込めた。
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