第15話 人類の進化
縦長の瞳孔のブルーの瞳が、和音を見つめる。和音もその瞳を見返した。
緊張してゴクリと唾を飲み込む音が、はっきり聞こえる。
燕の手が和音の頬を包み、ビクリと和音は震えた。
「和音がこういうことに慣れていないのはわかっているが、いつまでも慣れないままでは困る」
「で、でででででも、え、燕。け、結婚も、こ、ここここ、子ども、子どものため…だから、べ、別に、私が、男慣れしているとか、か、関係ないと…」
すっかりパニックになって、どもりっぱなしで和音は言った。
子どものため、両親の仲がいいことは大事なことだが、別に喧嘩しなければいいのであって、和音が男慣れするためにイチャイチャする必要などないのではなかろうか。
「わ、私は、私とあなたは…えっと…子どもの父親と母親であって、夫とか妻とか、恋人である必要は…」
子どもが生まれた後、互いを「お父さん」「お母さん」と呼び合う夫婦は多い。最初夫婦だった者同士が、子ども中心の家族になる。たまに「私はあんたの『お母さん』じゃない」とか、旦那さんに文句を言っているのを聞くが、和音が燕の子どもを妊娠したことから始まった関係なら、燕と和音も父と母であればいいだけ。
子どもを挟んでその役割を担うなら、和音は何とか出来そうな気がした。
そういうつもりで言ったのだが、燕は眉根を寄せて不機嫌そうになった。
「私は、和音を一人の女性として甘やかして愛したいと思っている。大事な私の子どもの母親というだけでなく。和音は違うのかな?」
「え?」
「和音は何か勘違いをしているようですね」
「か、勘違い?」
「あなたが私の子を身ごもり、産むことができる能力があることは事実だ。子が生まれるまでのこの三年は私達が夫婦となるための時間。私とあなたのための時間でもある」
「えっと…それは」
「トゥールラーク人は、生涯でただ一人と決めた人を伴侶とする」
「それって…その…離婚は…ないと言うこと?」
「結婚とか離婚というのは、地球でのルールで、トゥールラークに戸籍とか婚姻届という概念はない。我々の先祖がこの地球に降り立ってから、進化の過程において我々も関わってきたが、それは子孫を残すために、作り変えて来ただけで、元の素材は地球に元々あったもの。だから、地球での人類史上におけるその後の進化や、取り決めは、あくまで地球人が自分たちで考え作り出したものだ」
「そうなんですね」
「もしかして、和音は我々が人類を支配しているとでも思っていた?」
「な、なんとなく…そうかなと」
だって宇宙を旅して地球に辿り着き、恐竜を滅ぼしてしまうくらいの影響力があるのだ。
しかも瞬間移動とか、すごい力もあって、きっと頭もいい。そうでなければ、たくさんの語学を操るとか無理だろう。
「頼まれれば知恵は貸す。しかし我々の技術を一気に導入したら、産業革命も紀元前に始まっていただろう。インターネット技術も、ようやく人類がそこに追いついてきたので、助言という形で関わったが、我々の中では最初からそれに近い技術が使われていた。我々は地球と共存しているのであって、支配はしていない」
産業革命は十八世紀か十九世紀だっただろうか。和音は学校で習ったことを思い出す。
それが、もしトゥールラーク人が主導権を握っていたら、この世にイエス・キリストが生まれる前から既に始まっていたかも知れないと言う。
「ようやく歩き出したばかりの赤子に、オリンピック選手並の速さで走れとは言えない。我々は時を見て、技術を託せる人材を見極め、その者にヒントを与えては来たが、過度な干渉はしていない。それがトゥールラークの掟として守り続けてきたもの。我々の存在は、地球の一部の者のみが知る最高機密(トップシークレット)だ」
「トップシークレット…」
「和音もこれからはそういう存在になるが」
ただの一般人だった自分が?
和音は目を瞠る。
自分が亡くなった後、娘が一人きりになるのを心配していた母も、ここまでは予想していなかったのではなかろうか。
それにしても、人類の進化の影にトゥールラーク人有りと聞いて、和音は驚いた。
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