第11話 ただのゆりかごだから
プライベートジェット機。
ハリウッドセレブやCEOなんて言われる人が乗るもの。
今から自分がそれに乗る?
タラップの下にはパイロットとキャビンアテンダントだろう制服を着た男性二人と女が一人、そしてスーツを着た男女一組が立って、和音と燕にお辞儀をした。
「本日の操縦士を勤めさせていただきます高瀬です。こちらは副操縦士の香川、キャビン・クルーの安藤です」
「香川です」
「安藤です。よろしくお願いします」
「私は産科医の桃田です」
「看護師の坂口です。助産師の資格も持っております」
高瀬氏は五十代くらい、香川氏は三十代? 安藤さんも桃田氏も坂口氏も四十代くらいだろうか。
いずれにしても和音よりは年上の彼らが、丁寧に挨拶してくれた。
それはきっと和音にではなく、隣にいる燕に対して畏まっているのだ。和音にはそんな価値はない。
燕といることで、和音もセレブに見えるんだろう。
「よろしく頼む」
「こちらこそ、よろしくお願いいたします」
燕が声をかけると、皆緊張した面持ちで頭を下げた。
「和音、桃田と坂口は君の専属で雇った。向こうにも医療スタッフはいるが、日本人の方が言葉も通じて安心だろうから」
「わ、私の専属?」
もちろん子どものためだろうが、贅沢すぎる。
「和音です。よろしくお願いします」
「よろしくお願いいたします」
「では、行こうか」
「え、きゃあ、え、燕」
そう言うと、燕はさっと和音を抱き上げた。
「自分で上れますよ。お、降ろして」
二人きりのリムジンの車内ならまだしも、周りにはたくさんの人がいる。リムジンの運転手や護衛の人たちもいる前でいきなりお姫様抱っこは恥ずかしすぎる。
「だめだ、転ぶと大変だ」
「こ、こんな階段くらい・・」
「夫の財力も腕力も甘くみないでほしい」
和音の抵抗も虚しく、燕は長い足を無駄にしない一段飛ばしでさっさとタラップを上がってしまった。
「また、日本に戻ってこられますか?」
ジェット機の中は広々としていて、席は十席ほどしかない。さらに奥には寝台も置かれていてビジネスホテル並みの雰囲気だった。
ゆったりとしたシートに座って窓から外を見る。離陸準備がまだ済んでいないので、機体はまだ動かない。
「和音が望めば、いつでも。寂しいですか?」
実はそれほど日本に未練はない。和音の唯一の肉親だった母もいない。遺骨は和音の側に保管できるよう燕が手配してくれている。
父たちとはずっと疎遠だし、友人として連絡を頻繁に取っていた人もいない。
(何だか、寂しい人生だな…)
燕と関わらなければ、こんな待遇でここにいることもない。
「人生、ほんとに何があるかわかりませんね。生きるのに必死だったのに、こんな豪華なシートのプライベートジェット機で日本を飛び立つ日が来るなんて」
「これくらいで驚いてはだめだ。こんなのは普通だ。これからあなたは私の子どもの母として、そしてゆくゆくは私の伴侶として、私が与えられる限りの贅沢と特権を受ける」
「値段を気にせず買い物したり、こんな豪華なジェット機に乗ったりする以外に?」
「ええ、こんなものは贅沢のうちに入らない」
贅沢な病院の特別室もリムジンもジェット機も、専属の医師や看護師も、少し前までは思いもしなかった。
すべてが目の前で微笑む2.5次元の世界から来たのかと思う人物の子どもを妊娠したから起ったこと。
和音自身が何かを成し遂げたわけでもない。
彼の子どもを妊娠できるだけでも稀なことだと言うが、それだってあの薄情な父と母からもらった体お陰だ。
待遇が良ければ良いほどに、和音は心の中で後ろめたさを感じる。
自分はただ、子どもの母親として選ばれただけ。
大事にされるのは、子どもが生まれるまでの三年の間だけ。
子どもが生まれたら、母親として側にいる権利はあるだろうが、きっとその存在価値はなくなってしまう。
(流されちゃだめ。この人もただ私が自分の子を妊娠しているから大事にしてくれているだけ。私は、ただのゆりかごなのだ)
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