第10話 スケールが違う

 値段を気にせずバンバン買い物をする財力はよしとして、パスポートが申請翌日に出来上がるのはいくらお金を積んでも難しいのではないだろうか。


「心配しなくても別に違法なことはしていない。ちょっと伝手を頼って早めてもらっただけだ」


 伝手って、こういうのって外務省とか国の機関の仕事ではないのか。

 宇宙人には宇宙人のパイプがあるのか。


「それより、医者はもう帰って良いと言っている。専属の医者と看護師を雇ったから、指輪を買いに行って、それから私の屋敷に行こう。ちょうど店から近いから」


 ちなみに彼は同じ病室に寝泊まりしている。何かあったら大変だからと、わざわざ豪華なベッドを運び込んでいた。

 知らない男の人と同室で寝るのは抵抗があった和音だったが、これも彼が頑として譲らなかった。


 専属の医者と看護師?

 もう買い物三昧は普通のことのように思える。


「燕は、アメリカのニューヨークに住んでいるの?」


 そんなところからわざわざ日本に?


「いや」

「え、でも、ニューヨークのお店から近いって」

「日本より近いというだけで、アメリカじゃない」

「じゃあ、カナダ?」


 彼の感覚でいう「近い」の定義がわからない。瞬間移動できるなら、同じ都市や国内も「近い」と言えるのかも。


「行けばわかる。言葉では説明しにくい」


 一体どこへ連れて行かれるのだろう。不安に思いながら和音は翌日退院した。


「さあ、和音、どうぞ」


 病院の外に出ると、そこにはリムジンが停まっていた。その前と後ろにも黒の車が停まっている。

 外国の大統領とかか訪日にした時などで良く見る風景だ。


「VIP・・・燕はいつもこんな移動を?」


 恐る恐る彼が開けてくれたドアから車内へと乗り込む。中は高級クラブのVIP席のように豪華な革張りの座席になっていて、小さなバーまで付いている。これで「かんぱーい」と言いながら豪遊するシーンをテレビなどで見たことがある。


「まさか、普段は車一台に護衛と一緒に乗る。本当は護衛もいらないが、一応ね」

「じゃあ、どうして?」

「もちろん和音に何かあったら大変だから。ボディーも窓も防弾仕様のものって頼んだらこれが来た」

「私のため? というか防弾?」


 自分のためだけにリムジンと護衛用の車が付く?  しかも防弾って。どこまで用心深いのか。

 それとも彼らの日常は、そんなに危険なのだろうか。

 普段利用する交通手段は電車かバスの和音に取って、リムジンでの移動など想像すらしていなかった。

 妊娠を告げられてからまだ二日しか経っていないのに、これは宝くじで一等前後賞合わせて当選するようなくらいの変化だった。


「和音、体調は?」

「はい、大丈夫ですけど・・あの、燕」

「なんだ?」

「ここ、こんなに広いのに、どうしてこんな座り方しているんです?」

「ここが一番安全だからだ」


 車に乗って中の豪華さに圧倒していると、「和音ここに座って」と彼の不思議な力で動かされて落ち着いた先は、彼の膝の上だった。


 十人は乗れる広い座席なのに、なぜかひっついて座っている。こんな風に座るならこんな車は必要なかったのでは?

 というか、なぜ膝の上?


「そんなに緊張せず、もっと力を抜いて私にもたれかかって」


 がっしりと腰を掴む腕も力強く、お尻の下に軽く筋肉も感じる。こんな風に男性に密着したことなどない和音は体に変に力が入る。


「む、無理です。できれば降ろして」

「それは駄目、こうして掴まえていないと、揺れたときに和音を支えられない」

「この車なら大丈夫かと・・」

「万が一の用心だ。それにこうしていると、子どもの波動が伝わるから、ああ、ここに私の子がいるって感じることができる」


 そっと和音のお腹に手を当てる。

 和音自身エコーで見てもまだ実感もない。しかも三年かかるなら、まだまだ小さいのではないだろうか。

 そうこうしていると、車が大きく曲がってやがて停止した。エンジンも切れたので、信号待ちとかではなく目的地に着いたみたいだった。


「燕様」

「ありがとう」


 扉が開いて、そこで一旦彼の膝から降ろされた。


「和音、おいで」


 先に車から降りた燕が声を掛け、差し出された手を掴んで外に出た。


「え!?」


 てっきり空港の入り口に着いたと思っていたが、降りたそこは大きな格納庫。目の前には小型の飛行機が待っていた。


「ここ、どこ?」

「成田空港の端、ここはプライベートジェット機の格納庫。そしてあれが私たちが乗るジェット機だ」


 スケールが違う。和音の初めての海外への移動手段は、プライベートジェット機だった。

 でもそこは宇宙船じゃ無くて良かったかも。

 あんぐりと口を開けて和音はそう思った。

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