第9話 夫の財力甘く見てはいけません
その後のことはあっという間だった。
燕はまず、和音と母が長年暮らしていた部屋に人を手配し、家電製品以外の身の回りの物を要るもの要らない物に分別してくれた。
母は母が余命宣告されてから、自分のものは何も残さなくていい、全部捨ててくれと言ったので、殆ど残っていなかった。
そうすると、要るものなんて殆どなかった。
整理なら自分ですると言ったが、燕は無理をしてはだめだと、聞き入れてくれなかった。
その代わり、整理の様子をリモートで確認することが出来たので、和音の意見を通すことが出来た。
「残ったものはきちんと箱に詰めて送ってもらって、当面必要なものは全て買い揃えましょう」
そう言ってタブレットの画面を見出した。
「これなんかどうです?」
彼がまず開いたのは、婦人服のサイトだった。
確かに素敵な服がいっぱい掲載されているが、値段を見て度肝を抜かれた。
ブラウス一枚が一万円?
「あの、燕さん」
「燕、です」
「燕…さん、ここはちょっと…」
ブラウスに二千円程しか掛けたことのない和音は、ブルブルの震えた。
「気に入らない? ちょっと派手過ぎだったか。じゃあ…」
彼はタブレットを自分の方に向け、暫くタップした後で違うサイトを見せた。
「ここは? さっきより上品な物が多い」
そして見せてくれたサイトは、確かにさっきよりシックなものが多かったが、やはり値段は同じくらいだった。
「でも、値段が…」
「値段? 安すぎた?」
「じゃなくて、その反対です。ブラウス一枚が一万円以上なんて、二千円以内のものでいいです」
「二千円? 和音にそんな安物を着せられない。値段など気にする必要は無い。全部わたしが払います。これは夫のわたしが負担することだ」
「でもまだ夫じゃ・・」
「それは和音の気持ちの問題で、わたしはとっくにあなたの夫のつもりだ。あなたの夫となる者の経済力を甘く見るな。妻の身につける物に対して値段の糸目はつけない。選べないなら、わたしが独断で選ぶ。その中から気に入ったものを着ればいい」
そう言って彼は片っ端からサイトにアクセスし、次から次へとカートに入れていった。
それはもう、ブラウスからスカート、スラックスにワンピース、あらゆるアイテムを迷いも無く。
「あの、下着は・・」
唖然としていると、次に彼は下着の有名ブランドのサイトを開いた。
「あ、ブラのサイズはC65だった?」
「へ? な、なんでそんなこと知って・・」
「和音のことなら何でも知っている」
そしてまたもやブラとショーツのセットをカートに入れていく。中には普段使用じゃないような際どいデザインのものもあった。
「それ、絶対着ませんから」
半ば諦めていたが、さすがにそれは和音にはハードルが高い。
「着られるのは今のうち、そのうち着られなくなる。そうか、でも和音が着ないなら、これは廃棄だ」
そう言いながらも彼の手は止まらない。
「とりあえずはこんな物か」
三十分後、彼はタブレットを置いた。総額いくらになったのか、恐ろしくて画面が見られない。
値段を気にせず買いたい物を買いたいだけ買うのは夢ではあるが、それが天文学的な数字になると、恐ろしくなる。
「とりあえず? すでに一生分は買っています」
「そんなことはない。これは今のシーズンにいるもので、春夏秋冬あるし、マタニティーも必要だ。あ、そうだあれも・・」
「え、まだあるんですか?」
「大事な物を忘れていた。でもこれは直接店に行った方がいいか」
燕がくるりとタブレットの画面をこちらに向けると、それは某有名宝石店のサイトだった。
「宝石?」
そう問いかけると、燕は和音の左手を取り、その薬指にそっと口を付けた。
「ええ、婚約指輪。買いに行こう。でもその前にパスポートが必要だ。和音は持ってないね」
「もちろん、海外なんて行ったことも行く予定も・・でもパスポート・・何のために・・まさか!」
さっき見たサイトは英語だった。確か本店はニューヨーク五番街。
「早速パスポートを申請しよう」
そう言って、燕はどこかへ連絡をして、翌日には和音のパスポートが出来上がっていた。
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