第55話 余命半年
翔馬が真智子に「その乙川という人のことを、もう少し詳しく教えてください」と言うと真智子は「三か月くらい前に、道東森林開発と言う会社の三人がラセーヌにやってきて、その中の一人から乙川さんという名刺を貰ったんだけど、次の週に全く違う人が来て、乙川と言う名刺を貰ったのよ。変でしょ。こっちの乙川の名刺には、会社の名前はなくて口頭で『僕は元衆院議員の乙川です。釧路に三か月間滞在して、その間に息子を探したいと思います』と言ったので『その人の名前は何というのですか』と聞いたら「加治翔馬です』と言ったのよ。
その人なら知ってるわ。半年前まで同じ会社にいたのよ、でもその会社は倒産してしまったので、今はどこにいるか分からないわ。と言ったら『何か分かったら教えて下さい。釧路にいる間は駅前のオーシャンホテルに泊っています』と言って、その日は帰ったんだけど、翔馬さんの恋人の凛々子さんがニュー東宝にいるのを思い出して、オーシャンホテルに電話を掛けたんだけど、外出して留守だったわ。
そこでその前に来た道東森林開発と言う会社に掛けてみたら、使われていない電話だったわ。だからラセーヌに来た三人は、元議員の乙川の名前を利用した詐欺グループだと思ったわ。でも翔馬さんを探していると言った乙川さんは、真剣そうだったので、次の日もう一度オーシャンホテルに電話をして、凛々子さんのことを話したら、『ありがとうございます。今日ニュー東宝に行ってみます』と言って切ったのよ。
そしたら次の日に電話があって『凛々子さんは指名のお客さんがいっぱいいて、話せなかったのですが、パット・ブーンに渡す花束に僕の名前を書いておきました。
マネージャーの高井さんという人にお願いして、この花束は絶対に凛々子さんに持たせて下さい、と言ったら、凛々子さんは英語を勉強してるし、バックコーラスの5人とも友達になったみたいなので、しっかりやってくれると思います』と言ってくれたので、僕のことは凛々子さんに伝わったと思います』と言って切ったんだけど、そのことを姉の涼子に言ったら、『その人は三か月間だけ釧路にいるって言ったんでしょ、何故三か月なのか聞いたの?』と言われて『どうしてかな分かんないわ』って言ったら『その人ひょっとして余命が長くないんじゃないの』って言ったのよ、それで『三か月後にピッタリ死ぬって分かるものなの?』って言ったら『バカね、家族の人が三か月くらいはやりたいことを、存分にさせることってよくあるわよ、その後はまた病院に入れられるんだけどね』
そう言われたので、今度は電話じゃなくて、直接オーシャンホテルに行ったのよ、そしたら『そんなことはないよ、僕は簡単には死なないよ、それよりも君にはお世話になったから、何かお礼をしないとね、何がいいだろう』って言ってくれたけど、本当にやったことは電話だけなので、『何も要りません』って言ったら『じゃあ食事でもしましょうか』となって望洋亭というレストランに行ったら『このレストランのレトロな感じはいいね、元気なうちにまた来たいな、でもあと半年だから無理かもな』って言ったのよ、変でしょ、さっきまでは『僕は死なないよ』っていってたのに、それで思ったわ、やっぱりこの人は余命を知ってるのかなって」
「ちょっと待って下さい。さっき真智子さんは僕に、乙川と言う人の命はあと半年だと、はっきり言いましたよ」
「実は望洋亭を出たあと、ラセーヌに出る前に、時間があったので、オデオン座で羊たちの沈黙を見たのよ、映画が終わったあとその人は『僕も映画とはちょっと違うけど、赤坂見附で交通事故を起こしてしまい、親子連れの二人を殺してしまったことがあって、あと半年で僕もあの二人のとこへ行くから、詫びをするつもりだよ』って言ったからきっと、半年の余命と宣告されたのよ」
「三か月で東京に帰るんですね、じゃあ三か月の最後の日はいつになるのかな」
「ちょっと待ってね調べてみるわ。えーと、乙川さんがラセーヌに来たのが4月の始めの金曜だったから、三か月と言えば、あっ!今日が帰る日よ‼」
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