第54話 廃線跡の喫茶店
偽物の乙川は捕まったけど本物の乙川は、ニュー東宝に花束を持って来て以来、どこにも姿を見せなくなった。偽物が捕まった時、新聞には乙川が名前を使われたとは書いていなかった。また大河内と翔馬の偽造された名刺が、被害者の財布に入っていたことも、警察はマスコミに発表しなかった。
それどころか、ニュー東宝の汐未の活躍によって逮捕したにも関わらず、ニュー東宝のニューの字も、汐未のシの字も出さず、記者会見で「本日、品川警察署の刑事が、五反田駅で怪しい目つきの男を発見し、尾行したところ、品川区池田山の旧正田邸跡地のねむの木の庭公園で、キョロキョロし始めたので、機転を利かせた刑事が緊急逮捕しました。その男は観念して、殺人を犯したことを認めました」と、美知子さまの実家の名前まで出して、品川署が発見したかのような発表をした。
ここまで面子に拘る警察に、あの狡猾な乙川が捕まるはずがない。
警察に任せておいては埒が明かないと、翔馬は行動を開始した。
何しろ翔馬は自分の名前が名刺になって、詐欺に利用されているのだ。乙川が野放しにされている限り、次に何が起きるか分からない。期待してたのが望洋亭の新メニューの案内状であった。あの案内状を見て来てくれた人はもう、10人以上いる。
乙川があの案内状を見て、来てくれたら、捕まえて警察に突き出すか、ぶん殴るかはその場になってみないと分からないけど、とにかく乙川が現れないと話にならない。
函館にいたころは顔も見たくなかったので、爺さんの家に乙川が来た時、爺さんが追い返してくれたので、会わずに済んでよかったと思った。今も会いたくはないけど、出て来て罪状を認めさせなければ、いつまでも自分が疑われる。
とにかく今は早く出て来てくれと願うようになった。
ところがその案内状が一周間後になって、宛所不明で戻って来た。
翔馬は名刺に書かれた住所をパソコンに記録して、パソコン任せで葉書に印字させたので、住所の確認はしてなかった。
戻って来た葉書の住所は、隅田区になっていた。隅田区のマンションは乙川が議員だったころ、拳銃を所持してるのをバラすと脅されて、高輪の議員宿舎を大河内に使わせて、自分は議員宿舎の半分の広さしかない、1DKのマンションに住んでいた。
そのマンションも金に困って売ってしまったのだろう。と、すればこの墨田区の住所は議員時代の古い住所で、現在の住所を名刺に書かなかったのではなく、住む家がなくて書けなかったのではないだろうか。何となく、乙川が哀れに思えてきた。
あと現在の乙川の住所を知ってる人は、誰だろうと考えてると、一人だけ思い出した。ラセーヌの真智子だ。
凛々子と羊たちの沈黙を見にオデオン座に行った時、真知子が乙川と一緒にいるのを目撃した。真智子は乙川の住所を知ってるかも知れない。
翔馬はラセーヌに電話を掛けることにした。
「もしもし、ラセーヌさんですか?」と言うと、電話に出た女性が「あら、由紀子さんじゃないのね、どなたかしら?」と不審な電話であるかのような言い方をした
それにかまわず「真智子さんをお願いします」と言うと「由紀子さんのご家族の方ですか?」とまた由紀子と言う人の名前を口にした。
妙なことを言うな、と思っていたら「分かりました、真知子さんのご家族の方ですね。お待ち下さい」と言ったあと2~3分待つと「真智子ですけどどなたかしら?」と、警戒するように言った。
「翔馬ですけど」と言うと「なんだ翔馬さんだったの、この番号は社員専用だから、
お客さんからは掛かってこないのよ。ママは由紀子さんがまだ来てないので、家族の人が『今日は休みます』と、かけて来たと思ったのね。それで用は何なの?」と言ったので「乙川さんを知っていますか?」と言うと「乙川さんのことは私も聞きたいと思ってたわ。少しは知ってるけど、今は忙しくて話せないから、明日ならどお?」と言って、川北町のパールという喫茶店を指定された。
川北町は、今は廃線となった雄別鉄道釧路駅があった所で、そこに喫茶店パールがあった。しばらく待っていると真知子がやってきて「乙川さんと言う人がラセーヌに来たことがあって、『息子に会いたくて釧路に来ました』と言ったのよ。でもあの人はあと半年の命よ」と言った。
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