第53話 医者と植木屋と葬儀屋  

「後ろの席に本物の乙川がいるわよ」と言われた自称乙川は、席を立つや否や、一目散に、逃げ出した。だが出口には通報を受けた刑事が、逮捕状を持って待っていた。この男の供述から、共犯の医者と、葬儀屋も逮捕された。


 取り調べの過程でこの三人のうち、葬儀屋はかって、乙川の秘書だったことが判明した。当時乙川の事務所では、政策秘書が大河内で、第一公設秘書が、現在の葬儀屋であった。

 実行犯の医者は秘書ではなかったが、リンチ殺人事件や地下鉄サリン事件などで日本中を騒がせた、オウム天然教の信者であった。またオウム天然教は高学歴者が多く、医者や弁護士がいっぱいいた。ただ乙川と知り合ったころはすでに、教団を脱退していて、オウム天然教が起こした事件には関与していなかった。


 だが粗暴な性格で、大学の医局を首になった。五反田の遊楽通リの居酒屋で、ヤケ酒を飲んでいた時、高輪の議員宿舎に住んでいた大河内と知り合った。五反田と高輪の場所が近いこともあって、頻繁に行き来するようになった。大河内を通して乙川とも知り合うこととなったが、大河内が乙川の後を継いで、議員になったら急に偉そうになったのが許せなくて、大河内の名前の名刺を作って、詐欺を働くようになった。


 どこかに騙されそうな金持ちはいないかと、探していた時、植木屋の職人と知り合った。その職人は「広い庭がある家で仕事をしたことがあって、そこの爺さんは、枝をちょっと切るだけで、5万円もくれたんで、『お客さん、これだけ広い庭ですからあと5本くらい植えてもいいんじゃないですか」と言うと、


「昔そこにある木の下に横領した金で買った金塊を隠したら、木がでっかくなっちゃって、掘り出せなくなってしまった。もし木を移動させたら、根っこのとこから出てくると思うから、あんた掘ってくれないか』って言ったんで堀リ始めたら婆さんが出て来て、『あの金塊は私が掘り出して、銀座の田中貴金属に行ったら金が値上がりいしていて、三千万円で売れたので、タンスに隠してあるよ』と言って、爺さんを奥の方に引っ張って行った。そしたら奥の方から『ヒェー!ほんとに3千万円あるじゃないか、婆さんあんたよくやってくれたね』と聞こえたんで、タンス預金が三千万円あるって分かったんだ。どうだ、あの家に行って三千万円頂いてみないか」ということで、二人は爺さんの家に忍び込んで、三千万円を手に入れた。


 ところが寝ていた爺さんが小便に起きて来て「泥棒だ」と言ったので、爺さんの腹を刺して殺してしまった。処置に困った医者と植木屋は腹にナイフを刺したまま、葬儀屋が用意した棺桶に爺さんを入れて、桐ケ谷斎場で焼いたけど、ナイフの一部が残っていた。


 それだけでは全然問題なかったのに、植木屋は大金を手に入れて調子に乗ってしまい、キャバレーに行ってしまった。しかもそこで、大河内の先輩の乙川になりすまして、偉そうな態度で席に付いたら、汐未というホステスが受番でやってきた。


ところが汐未に偽物であることを見抜かれてしまい、ダイヤは700度で炭になるだとか、プラチナは何とかで、何とかだ、などとと聞かされているうちに、真光堂時計宝飾店で買った50万円の指輪を取られた上に逮捕されてしまった。


 結局、乙川になりすまし、ニュー東宝に行った植木屋だけでなく、医者と葬儀屋も務所送りとなった。





















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