第52話 ダイヤは700度、斎場の釜は約1,000度
ある日、品川の桐ケ谷斎場から、火葬に付された遺骨の中から、金属の破片が混じっていたと、品川警察署に届け出があった。その金属は火葬に付された男性の遺骨の中から拾い上げられたが、遺骨にしては重すぎるので、不審に思った斎場の係員が遺族の承諾を得て、届けたのであった。
品川警察署がその金属を、科学捜査研究所に送って調べたところ、その金属はナイフであることが判明した。警察は亡くなった男性はナイフが趣味で、亡くなった後も、一緒に納棺した可能性もあるとみて、遺族に聞いてみた。だが死亡した男性にそのような趣味はなかった。
また男性が死亡した原因は、庭の木の枝を切っていた男性が梯子から落ちて、腹部を置いてあった脚立に強打したのを隣に住む医師がみていて、応急措置を施したが、残念ながら助けることはできなかった。と医師は語った。
死亡診断書を書いたのもその医師で、医師が勧めた葬儀社によって、桐ヶ谷斎場で、火葬に付された。
ところが遺品を調べてみたら、三千万円のタンス預金が無くなっていた。財布の中には2枚の名刺が残されていた。1枚は道東森林開発代表 加治翔馬で、もう一枚は衆院議員 大河内太郎となっていた。
大河内太郎とは、元、京葉安保共闘の幹部で、拳銃が取り持つ縁で乙川の秘書となり、乙川が辞職した後補欠選挙に立候補したが、立候補者が一人だけだったことにより、無投票で衆院議員になった男である。
品川警察署は加治翔馬の名刺に書かれた番号に、電話をかけてみた。
だがその番号は、四国の小学校の番号であった。どうやらデタラメのようだ、
次に衆院議員の大河内にかけてみると、議員会館の事務所であった。電話に出た秘書に「大河内先生に取り次いでいただけませんか」と言うと「こちらは公正党の鈴木議員の事務所です」と言った。
大河内は社会国民党なので、これはかってに名前を借用したようだ。
事件は解決の糸口をつ掴めぬまま、一週間過ぎた。
その日、ニュー東宝に来た客に、汐未が付くことになった。その客がニュー東宝に来たのは初めてで、汐未が貰った名刺には道東森林開発 顧問 乙川隆と書かれていた。
汐未はこの男は偽物の乙川隆とすぐに分かった。凛々子と翔馬から乙川という人は元は議員だったと聞いたので、どんな顔をした男なのかと、新聞と週刊誌で調べたことがあった。そこに写っていた顔は、わりと端整な、男前であった。
「へーぇ、こんな顔をしてるのに、やることは悪どいな」と思った記憶がある。
ところが目の前にいる自称乙川は、言っちゃあ悪いけど、それなりにしか見えない男だった。だけど、本人は乙川になりきってるので、あんたがやる気なら、こっちだってやってやるからな。という気分になった。
その男は汐未に「君は女優の○○さんに似ているね」と、ホステスから一番嫌われる口説き文句を言って口説いてきた。
汐未は「まぁ嬉しいわ。あんな美人女優の○○さんに似てるなんて。でも乙ちゃんは、その手で何人もの女を泣かせてきたんでしょ。できれば私は乙ちゃんの最後の女になりたいわ。できればその印が欲しいわ」と言うと自称乙川は翌日、真光堂時計宝飾店の包みを持って「手を出してごらん、君の細い指にこのリングはよく似あうよ」と言って、プラチナの台にダイヤが付いたリングを出した。
すると汐未は「ダイヤモンドは700度の熱で、炭になってしまうのよ。私も乙ちゃんと炭になるまで燃えてみたいわ。でもプラチナの台は1.800度で溶けてしまうのよ。私は乙ちゃんに溶けてしまうくらい愛されたいわ」と言って、意味ありげに自称乙川の顔を見た。
すると男は「斎場の釜の温度は約1,000度だから、鉄は溶けてしまうだろうと思って、殺した男の腹にナイフを刺したまま、品川の桐ケ谷斎場で燃やしたことがあるけど、ナイフは鉄のまま残ってたな。警察の科学捜査研究所が『これはナイフです。この人はナイフを刺されたまま火葬されたのだと思います』と言ってたから間違いない。だから、1800まで燃えなくたって、君が溶けてしまうほど燃えさせる自信はあるな』と自信満々で、桐ケ谷斎場で火葬された男性を、自分が殺してタンス預金を盗んだことまで喋ってしまった。
汐未は「乙ちゃんって本当に素敵な人ね、人を消してしまうこともできるのね」と言うと男は「あいつを消したのは俺じゃない。あいつの家の隣に住んでる医者だ。医者も葬儀屋も、俺の仲間だ」と、汐未の誘導に乗せられて、実行犯の医者と、共犯の葬儀屋まで喋ってしまった。
汐未は「私はそんなことに興味ないわ、もっと楽しいことをしましょうよ」と言って、自称乙川の耳元で「本物の乙川さんが後ろの席にいるわよ」と囁いた。
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