第49話 花束の名前
アンコールに応え「砂に書いたラブレター」を歌い終わって、パット・ブーンのステージが終了した。ニュー東宝では二日間の公演終了後、フアンから贈られた花束を、ホステスが代理で出演アーティストに渡すのが恒例となっていた。
パット・ブーンとバックコーラスの5人に贈られた花束は、50束くらいあった。
その一つを凛々子が渡すことになった。凛々子が受け取った花束の贈り主の名前は、乙川隆となっていた。
前に翔馬と話した時、翔馬は確か「俺の本当の父親の名前はオトカワという人だ」と言っていた。
ただ、乙川なのか、音川なのか、男川なのか漢字までは聞いていなかった。
念のため後で聞こうと思い、記憶しておくことにした。
☆☆☆
望洋亭は一見さんお断りではないが、紹介されて来る人が多い店であった。そのせいもあって、初めて来た人から名刺を貰うことが多かった。翔馬がフロアに立つようになって一週間経った。新しいお客さんの名刺も何枚か貰った。
そろそろパソコンに転記しておかなくちゃ、と思い、データベースソフト を開いて、入力を始めた。渡辺さん、鈴木さん、斉藤さん、と、一週間の間に来てくれた人の名前を打ち込んで、アイウエオ順に並べかえて見ると、大川さん、大野さん、と続いて、最後が乙川さんだった。
次に来店した日付け順に並べかえて見ると、先週来店した乙川さんが最初で、その後に高田さん、渡辺さんと、ズラーッと、続いていた。
次に、来店してくれた人への礼状の履歴を見ると、乙川さん以下20人のお客さんへの礼状が、未発行となっていた。そこで来店に対するお礼を書き、その後に200人くらいのお客さんに新メニューのお知らせを書いて、プリントアウトした後、電源を落とした。
☆☆☆
翔馬が春まで所属していたプラスワン企画は必死の努力も虚しく、ついに倒産した。代表の篠田涼子は「紳士服のマルタミ」に就職して、北大通リ店の店長となった。
妹の三田敦子は取引のあった丸三鶴屋デパートの外商部に勤めることとなった。
末妹の近藤真知子は倒産する前に退社して、すでにラセーヌというBARのホステスになっていた。
真知子はラセーヌに入る前は、セラビという店BARに在籍していたことがあって、当時はセラビのナンバーワンホステスであった。
真知子は現在30歳を少し超えたが、愛くるしさと、天性の人懐っこさは失われておらず、ラセーヌに入ると、たちまちのうちにナンバーワンホステスの座に返り咲いた。
真知子は事業欲にも旺盛な人で、セラビのころに得た金は、プラスワン企画が創立した時に、資本金の一部となった。
だがプラスワン企画が倒産して、BARラセーヌで得た金の投資先を探していた。
ある日ラセーヌに、三人の客が来て、真知子が席に付いた。その三人の中一人から名刺を貰った。その名刺には、道東森林開発 顧問 乙川隆 と書かれていた。
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