第44話 鉄の女と汐未というホステス

 ある日凛々子は、汐未というホステスと同じ席に付くことになった。

 お客さんが帰った後、汐未は「今日、店が終わったらジンジャーガールズのジェーンと飲むことになってるんだけど、あんたも来ない」と言われた。


「ジンジャーガールズってあの人たちですよね」というと「そうだよ、あの真ん中で脚を上げてるのがジェーンだよ。ジェーンは明日ニューヨークに帰るから、お別れ会だね」と言った。

「出演した人とはお別れ会をするものなんですか」と聞くと「こんなことは初めてだよ。ただジェーンと話してたら、お互いに似た所があってニューヨークに帰る前に飲もうってことになったのと、ジェーンは周りからサッチャーさんと呼ばれてたので、その訳を知りたくてね」と言った。


 凛々子はサッチャーとは何のことか、よく分からなかったけど、汐未という人は

ホステスっぽくないというか、荒っぽいというか、漁師のおっさんみたいな話し方をする人で、何となく親しみが湧いてきた。


「それじゃあ私も入れて下さい」ということになり、三人は伊吹とういう小料理屋に入った。

 伊吹はカウンターに椅子が四脚と、小上がりがある小さな店で、徳子という人が一人でやっていた。

 畳敷きの小上がりに座ると汐未とジィエーンは、英語でペラペラと話し出した。

へぇー、汐未って人は英語ができるんだ、凄い人だなと思った。凛々子にはチンプンカンプンで、二人の話がさっぱり分からなかった。徳子さんは時々「ふーん、そうなの」といった感じのことを言っていた。話が分からないのは凛々子だけのようだ。


 汐未はジェーンに聞いたことを話してくれた。

 それによるとジェーンはイギリス生まれのアメリカ人で、フルネームはジェーン・スラセンジャーという。ジェーンは鉄の女と言われていたイギリスのマーガレット・サッチャー前首相と同じように、統率力があって男勝りの女と言われていた。それでサッチャーさんと呼ばれることになったらしい。


 次に汐未は自分自身のことを話してくれた。汐未は釧路の郊外の厚岸という町で生まれ、釧路の共栄中学校を卒業した。共栄中学校の3年生の時、教育実習生の金沢という男に強姦されて妊娠してしまった。屈辱に耐えて中学校を卒業した後、本当は15歳なのに18歳と歳をごまかして、ニュー東宝のホステスになった。


 ホステスになって三年経った18歳のとき、星園学院高校の教師となった金沢が、客としてニュー東宝にやって来た。金沢は汐未の顔をすっかり忘れていた。

だが汐未があの憎い、金沢の顔を忘れるはずがない。汐未は金沢をホテルに誘い出し、ベッドの上で金沢のアレが汐未のアソコに侵入したその瞬間に、金沢のアレをギュッと握り、爪楊枝をグサッと突き刺した。

 金沢は「痛てぇー!」と悲鳴をげて、ベッドから床に転げ落ちた。


 汐未は金沢に「爪楊枝を抜いた穴にパチンコの玉でも詰めといたらいいだろ。

こぶが付いたお前のアレを突っ込まれた女は、ヒィーヒィー言って喜ぶだろな」と言った。


 汐未は自分の辛い過去を包み隠さず話した。事件があった18歳は今の自分と同じ歳だ。

この人の歩んだ半生は、どの人よりも遥かに苦難に満ちていたに違いない。

 だが汐未はその苦しさを微塵も感じさせずに、屈託のない爽やかな笑顔で話した。凛々子は体の中をスーッと一陣の風が吹くような爽やかさを覚えた。


 鉄の女、ジェーン・スラセンジャーと、風のように颯爽としたホステス汐未。

 この二人のように生きようと、固く心に決めた。

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