第43話 ラインダンスと坊主頭の応援団

「ちょっとあんた、こっちへ来なさい」と、先輩ホステスの由香里に言われて凛々子は控え室に入った。

「さっき來てた二人のお客さんだけど、先に一人帰ったわね」

「はい」


「あの時、あんた外まで見送りに行ったわね」

「はい」

 

「どうしてあんたが行ったの?」

どうして行ったのと言われても答えようがなかった。それがホステスの務めだと思っていた。


「外は寒いと思いましたので由香里さんに悪いと思い、私が行きました」

「あのね、あの人は私のお客さんなのよ、あんたは中にいて残っているお客さんの相手をするものなのよ」


「そうなんですか、知りませんでした」

「よく聞いておいて、私はお客さんがタクシーに乗るときに『また来てね、待ってるわ』と言って、ほっぺにチューをして、お客さんを掴んでいたのよ。あんたはそれを横取りしたのよ!」

と、横取りとまで言われてしまった。


凛々子は、由香里は凛々子を叱ったのではなく、キャバレーにはキャバレーなりのルールがあることを、親切に教えてくれたのだ、と、思うことにした。


だけど、そう思えない人もいた。

「ちょっと、あんた!」

「はい、私のことですか?」


「そうだよあんただよ、何よさっきから呼んでるのに知らんふりしちゃって」

「すみません、聞こえませんでした」


「じゃあ聞えるように大きい声で言うからよく聞きな、このバッグの中からコットンを出してちょうだい !」

「明美さんのバッグからですか?」


「そうだよ、私がマニキュアを塗ってるのが見えないの。これが乾くまで私は何も触れないんだよ。あんたがやらないで誰がやるの」と、明美の召使にされてしまった。

だが明美はこの道10年の大姉御だ。「はい、分かりました」と言うしかなかった。

だがこれだけではなかった。


「あんた、さっきのお客さんからなんか言われてたね、なんて言われたの」と、令子はいった。

「店が終わったら食事に行かないかといわれました」


「それであんた、なんて答えたの」

「用事があると言って、お断りしました」


「分かってないね、あの人は本当は私と行きたかったのよ、それをあんたに言って、取次ぎをさせたのよ」


「じゃあ、どうすればよかったのですか?」

「決まってるじゃない。そういうときは『令子さんに相談します』って言うんだよ。

そしたらあの人は今ごろは私のものになってたのに」と、何とも理不尽な理屈をこねる先輩ホステスたちであった。


キャバレーとはこんなものだったのか、と憂鬱な気分になった。

翌日も重い足どりで店に出た。菅井マネージャーのダンス講習は昨日で終った。

ジルバもルンバも覚えたけど、役に立てれないままニュー東宝を辞めてしまうことになるのかな、でも他に仕事はない。一体どうしたらいいのだろう、と、先行きに不安を感じた。


店に入ると、今日から一週間出演するラインダンスチームの、ジンジャーガールズが練習をしていた。20人が横一列に並んで腕を組み、長い脚を跳ね上げていた。


凛々子は5年前の夏を思い出した。釧路工業高校と、釧路江南高校が地区予選で対戦した時、釧路工業高校の応援は、黒い詰襟の学ランに坊主頭の、ごつい男の応援団だった。対戦相手の釧路江南高校はミニスカートのチアガールの8人が、脚を跳ね上げて踊っていた。


ごつい男ばっかりの応援で、釧路工業高校の選手は可哀想だと思ったけど、結果は釧路工業高校が3対0で快勝した。

あの時は「どうだ参ったか」という気分になった。よし、あの時のように、昨日文句を言った三人に挑戦だ!





  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る