第42話 キャバレーニュー東宝
釧路には末広町という大歓楽街があった。キャバレーは銀の目、ニュー東宝、アカネの三つがあった。この三店は銀の目が300名、ニュー東宝が250名、アカネが200名のホステスがいる、巨大なキャバレーであった。さらに姉妹店を含めると銀の目は500名、ニュー東宝は400名を超えた。
またバーとかクラブと呼ばれる店は クラブ子つる、ラセーヌ、セラビ、銀馬車、
石の花、バー楡という、30名以上のホステスがいる大形店の他、ホステスがいる店は100店以上あった。
凛々子はこの中のニュー東宝に入ることにした。
理由はいくつかあるが、この店は末広町の三大キャバレーの中で最も歴史が古く、戦後すぐに政治家、弁護士、医師などの有志が出資して立ち上げた店で、過去にオイルショックで不況になった時に、最も早く乗り超えた実績があった。
ただキャバレーは三店とも、BAR、クラブに比べると、ホステスの裁量による歩合いは少なかった。ホステスの裁量による歩合とは、主に高給店に多い年俸制という制度のことで、その内容はホステスが店に毎月、一定額の売り上げを保証して、ホステスが受ける報酬を店と契約するシステムである。この場合、売り上げが契約に満たなければ、その額をホステスが店に支払うことをいう。
売り上げに自信があるホステスなら高収入を得られるが、場合によっては、多額の金を店に支払う義務が生じ、ホステスにとって、ハイリスク、ハイリターンの制度である。
凛々子はまだホステス稼業の一年生だ。そんな賭けみたいな契約ができるはずがない。
それで選んだのが、キャバレーニュー東宝であった。
ニュー東宝に入って先ず最初に教わったのはダンスであった。
キャバレーには「飲んで踊ってショーを見て」というキャッチフレーズがある。
キャバレーがバーやクラブと違うのは、ダンスとショーがあることで、これが無ければ、キャバレーとはいえなくなる。それでダンスはキャバレーホステスの必須条件となっている。凛々子にダンスの指導をしてくれたのは、元社交ダンスの日本選手権で、タンゴの部で1位になり、ルンバ、ジルバ、ワルツ、を含めた総合で3位に入賞した経験がある菅井というチーフマネージャーであった。
ただキャバレーで必要なダンスは、一般にチークダンスと言われるスローダンスである。
踊り方はワルツの変形で、男性が右足を前に出し、女性が左足を下げるところからスタートとなる。他には男性がリードする決まりがある。男性が前に出る時は自分の腹で女性を押し、下がる時は右手で女性の背を手前に引く。覚えるのはこの2点だけである。
キャバレーの客は年配者が多く、意外とダンスが上手な人が多い。だがキャバレーで遊ぶにはこのチークダンスを覚えれば十分である。
だが菅井は「新人のホステスが一番困るのは接客の時、間が持てなくなってしまうことだよ、そんな時はお客さんをダンスに誘いなさい。そうしたらお客さんは喜んでくれるし、君も楽だよ、君にはどんなダンスでもできるようになるまで教えるから開店30分前に来なさい」と言った。
他にもキャバレーにはいろいろな決まりや、しきたりがあるが、それは仕事をしながら覚えることにして、璃々子のホステス業がスタートした。
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