第41話 卒業そしてホステスに

 翔馬はやはりスポーツマンシップを持つ人だった。凛々子が心配したような女が絡む問題を起こすことは一切なかった。ただ一人、凛々子だけを心から愛してくれた。

 翔馬は言った「凛々子、君が高校を卒業したらみんなに祝福されて結婚しようよ。そして俺たちが生まれて育ったこの街で、いつまでも暮らそうよ」と優しく抱きしめてくれた。


 あぁこの言葉を待っていた、と、凛々子は幸せで胸がいっぱいになった。

 あの氷祭りの日、翔馬は凛々子を抱きしめて「大丈夫だよ」と言ってくれた。

 あれから7年経った。

 翔馬は出生にまつわる境遇の激変に耐えて、強く生きて来た。

 凛々子も命を狙われる恐怖に耐えて、強く生きて来た。

 翔馬は十条製紙アイスホッケーチームの9番の夢は絶たれたけど、もうこれ以上は何も要らない。ただ凛々子との愛に生きる道を選んだ。


 そして、幸せに満ちて過ごした三年間が過ぎて、凛々子は高校を卒業した。

 翔馬はモデル業で十分食えるまでに成長した。

 二人には明るい未来が待っていた……と、誰もが思った。


 だが二人にはまだ試練が待っていた。それは時代という荒波であった。

 この年、日本はバブルの崩壊を受け、不景気のどん底に向かって突き進んでいた。

 株価は暴落し、企業の倒産が相次いだ。町には失業者が溢れ、就職先を求めて職安に人が殺到した。


 この影響を真っ先に受けたのが、凛々子の父、倫太郎がいる㋥佐々木であった。

 ㋥佐々木は零細企業の経営者 数千人に高利で金を貸していた。それらの経営者は不況の波にさらされて、無一文になった末、命を絶つ人が相次いだ。残った遺族の怒りの矛先は㋥佐々木に向けられた。元々法外な利息で貸した金だ。貸した金はほぼ全部回収不能となった。


 あの血も涙もない取り立てで、恨みをかっていた甚弥も諦めざるを得ないほど、事態は深刻であった。代表の佐々木勝也は米町の洋館を手放そうとしたが、買う力を持った人はついに現れなかった。倫太郎は浦見町の家を引き払い、勝也の洋館の別邸を借りて、運転手として仕えることとなった。


 過労の末、勝也の洋館から浦見町の家に戻っていた登美子は再び勝也邸に戻ることとなった。甚弥はわずかに残った債権の回収に励むことになった。


 翔馬はただ同然で借りていたイージープロスタジオの3階を、明け渡すことになった。イージープロはスタジオを閉鎖して、売却の方向で動いていた。カメラマンやスタッフは、イージープロを離れて独立の道を選んだ。


 イージープロに撮影を依頼していたプラスワン企画は、イージープロから独立したカメラマンと新に契約することになった。


 凛々子も家を出て、翔馬が借りた小さなアパートで暮らすことになった。

 だが翔馬の仕事も激減していた。プラスワン企画の主要な取引先のデパートは閑古鳥が鳴いていた。最大手の丸三鶴屋デパートは広告費を半減して不況に対処した。


 こうして、凛々子と翔馬を取り巻く環境は、悪化の一途をたどっていた。

 凛々子は卒業はしたものの、就職先が中々みつからなかった。

 そんな時、プラスワン企画の社長の妹の真知子が凛々子に「私、ラセーヌというバーのホステスになったんだけど、あんたも一緒にいかない?」と言った。


「ホステスですか、ホステスってどんなことをするんですか?」と聞いてみた。


すると真知子は「私は昔もBARセラビでホステスをやってたんだけど、ホステスは自分の才覚次第でいくらでも稼げるのよ。その金で姉妹三人でプラスワン企画を作ったんだけど潰れそうだから、もう一回ホステスをやってみようと思ったのよ」と言った。個人の才覚次第でいくらでも稼げるのがホステスと聞いて、俄然興味が湧いてきて、詳しく聞いてみた。そこで分かったのは、


 ホステスは店の従業員である一方で、個人事業主でもある。つまり自分自身が作った顧客が店に払った金額次第で、稼ぎが決まるということであった。

もう一つ、釧路には日本一の水揚げ高を誇る漁港があって、不況の中にあっても

比較的安定した収益を上げていた。

末広町のバーやキャバレーは漁業関係の客が多かったので、そうした客をつかめば、真知子が言うように、ホステスは稼げるかも知れないと思った

そして凛々子は、ホステスになる決心を固めた。

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