第40話 拳銃を持った男装の女工作員
「紳士服のマルタミ」のポスターが刷り上がった。マルタミとしては、翔馬は3代目のキャラクターになるらしい。初代は現在社長となっている人が若い時に勤めていた。その頃はアイビールックの全盛期で、マルタミのポスターにはケネディ大統領が着ていたようなスーツを着た現社長が写っていた。
2代目は当時釧路教育大学の学生だった女性が務めていた。その人は男装の女工作員という設定で、拳銃を持って夜の街にたたずむポスターが評判となって、カレンダーにして1,000円で発売したところ、瞬く間に売り切れて、その後はプレミアムが付いて、最高値は1万円になったという。
それからしばらく間を置いて、翔馬が三代目を務めることになった。
あの男装の女工作員の後釜に選ばれたことで、翔馬に掛けたマルタミの期待の大きさが伺い知れる。
翔馬に最も期待していたのは当然ながら、採用してくれたプラスワン企画であった。
あの日マネージャーの涼子は言った。「カネボウの夏目雅子さんのように、ポスターを盗まれるモデルになりなさい」と。
ところが、それが本当に起きてしまった。
「紳士服のマルタミ」の末広町店で、階段の踊り場の壁に貼ってあった翔馬のポスターが、白昼堂々と中学生くらいの女の子が、ポスターを剥がして紙管に入れているのが目撃された。
だがポスターが盗まれるのは人気のバロメーター。捕まえることはなく、新しいポスタ―が貼られた。ところが同じ場所で今度は、中年の女性が剥がしているのが目撃された。さすがに今度は店長が注意をすると彼女は「母がモデルの男の子が可愛いというので、80才の誕生日のプレゼントと思って、ついやってしまいました」と白状した。
もちろん彼女を咎めることはなく、逆に「これをお母さんにあげて下さい」と、ハンカチを1枚プレゼントして、一件落着となった。
これで翔馬は中学生からお年寄りまで、幅広い世代の女性に支持されていることが証明された。
だが人気が高まれば高まるほど、凛々子は段々と不安になってきた。
何しろ翔馬の回りは女ばっかりだ。社長の涼子さんという人は娘々で中華料理をご馳走になった時、旦那さまと円満にやってると聞いたけど、妹の淳子という人と、真知子という人は、離婚して一人で暮らしているらしい。中年の妖しい魅力を発散しているかも知れない。
一番気になるのは社長の娘の由紀という人だ。まだ会ったことはないけど噂によると、かなり美人らしい。
プラスワン企画という名前もどこか怪しい。今は女4人だけの会社だけど、翔馬が加わったことで、ひょっとしたら1年後には「フォープラスワン」と社名が変わっているかも知れない。
それに翔馬の部屋は、本来はフアッションモデルの着替え室だ。二つあったのが一つに減らされたのだから、モデルが二人いるときは「すみません、着替え室が足りないので、ここで、着替えさせて下さい」と言って、夏目雅子さんみたいな美人のフアッションモデルが入って来たら、女性に優しい翔馬のことだ「どうぞここで、脱いで下さい」と言ってしまうかも知れない。
それに、この前もそうだったけどポスターの撮影は10時間以上かかる。
疲れた綺麗なフアッションモデルに「ここでちょっと寝させて下さい」と言われたら断われる人はいないだろう。
そんなことが起きてしまったらどうしよう、と思うといてもいられなくなって、またイージープロのスタジオまで自転車を走らせた。
すると、翔馬はもう来年のカレンダーの撮影に入っていた。
1時間くらい待つと休憩時間になつた。翔馬が出てくると「来年のカレンダーは1月から12月まで全部、工作員の恰好で撮ることになった」と言って手に拳銃を持っていた。と言うことで、翔馬はプレミアムが付くほど人気があった二代目と、銃を持ったポスターで対決することとなった。
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