第37話 気が付けば留置所の朝
大学にも進めず、実業団アイスホッケーチームから指名がなかった翔馬は、暗澹たる気分になった。ことに十条製紙アイスホッケーチームから、他の部員が3名も指名を受けたのに、自分は見向きもされなかったことで、惨めな気持はいっそう増した。そしてそれは、やり場のない怒りへと変わっていった。
「ちっくしょう‼ あんなヤツが選ばれて、なんで俺が選ばれないんだ!。俺の方が100倍も上手いのに」と、壁を拳で叩きつけた。血が出た拳の上に涙が滴り落ちた。
外に出ると真っ青な空に真っ赤な太陽が、嘲笑うかのように燃えていた。
「いつもなら霧に隠れているくせに、俺を笑い者にするために出てきたのか!」と、太陽までが恨めしく思えてきた。
トボトボと歩いていると、朝帰りの客を相手にする居酒屋が見えてきた。まだ明るい時間だけど、4~5人の男が酒を飲んでいるのが見えた。居酒屋に入るのは少し、ためらったけど、怒りを何かにぶつけたい気持ちが勝った。
中に入ると店主らしい女の人が「あんた、初めてだね、うちにはこれしかないけどいいかい」と言って、飲み物のメニューを見せた。メニューにはアルコール類しかなかった。「これでいいかい」と言ったのは、翔馬を未成年と見抜いていて「アルコールを飲んでもいいのか」という意味のようだった。だけど翔馬は「一番強いのを下さい」と言うと、女の人は、しょうがないね、といった顔で、焼酎のオンザロックを出してくれた。
初めて飲んだ焼酎は苦みも感じず、以外とすんなりと喉を流れて行った。
「もう一杯お願いします」と言って、立て続けに三杯飲むと、流石に足元がグラッとして、力が入らなくなった。
立ち上がろうとすると思わず、つんのめりそうになった。
すると漁師のような感じの客が「おめぇ、ひょっとしたら、釧路工業の伊藤じゃねぇか」と言った。
伊藤と言われて無性に腹が立った。俺はその名前のために、どれほど苦労してきたことか。人の気持ちも知らないで、このクソ親父め!と、気が付いた時にはもう遅かった。ぶん殴られた男は床に転がっていた。
目が覚めると鉄格子がある部屋の中にいた。時計をみると翌日の朝だった。
制服の警察官が現れて、ようやくここが留置所であることが分かった
警察官は「お前は運がいいヤツだな、殴られた人はお前のフアンだと言って、許してくれたぞ」と言った。
許してくれたのはありがたかったけど、調書に住所を書くことになったとき、考えてしまった。
もう寮からは追い出されているし、俺の住所は一体どこなんだ。あのうるさい爺さんがいる函館の住所を書いたら連絡されて、連れ戻されるし、もうあんな家には帰りたくない。そもそも今日から一体どこで寝たらいいんだ。釧路に戻って来たときは凛々子と旅館に泊まったけど、また凛々子に頼る訳にはいかない。第一自分も凛々子もそんな金がない。
唯一残ったのは葛和先生だけど、葛和先生には勉強を教えてもらったのに、受験に落ちてしまって、顔を合わすのは恰好悪い。だが背に腹は代えられない。ここは恥を忍んで先生のとこに2~3日泊めてもらい、住み込みで働けるとこを探すことにした。
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