第36話 スタートラインはまだ先だ

 過労で入院していた登美子が無事に退院した。だが先生から「無理に体を酷使してはいけませんよ」と、言われた。米町の佐々木勝也邸で、親子二人で居候をしてるのを苦にして、一緒懸命に働いてきた。だがその無理が祟ったのだ。


 銃弾撃ち込み事件も解決したことで、登美子と凛々子は浦見町の自宅に帰ることになった。佐々木勝也邸には今まで一人で週三日来ていた人の他にもう一人、お手伝いさんが来てくれることになった。


 凛々子も運転手付きのお嬢さまから、普通の自転車通学の中学生に戻った。

 進学も第一志望のお嬢さま学校と言われる私立星園学院女子高校を諦めて、道立の釧路江南高校を受けることにした。これが普通なのだ。お嬢さま学校に通うなど、庶民のすることでない。そんなことは本当のお嬢さまにお任せてしておけばよいのだ。運転手付きの車など持っての他だ。


 翔馬は相手の迷惑も顧みず、毎週日曜日毎に、釧路公立大学の葛和先生の自宅に行って、朝飯、昼飯、晩飯と、三食ごちそうになった上、勉強まで教えてもらっていた。だが勉強はアイスホッケーのようにはいかなかった。推薦で試験もせずに入学させてくれた釧路工業高校も、出る時は厳しかった。特別扱いはしてくれない。

翔馬は普通の高校生に戻って一から勉強し直した。


 年が明けて日本列島は新しい年を迎えた。そして3月、 凛々子は釧路湖陵高校の一年生になった。

 だが翔馬はもし、十条製紙アイスホッケーチーから、指名されなかった時のため、滑り止めとして受けた釧路教育大学の合格者ボードに、翔馬の名前はなかった。



 それはそうだろう。翔馬は高校三年生になって最後のシーズンを、一試合も出場しいないのだ。1年生の時はゴールキーパーとしてフル出場し、2年生の時はフォアードとして高校生アイスホッケー選手の得点王になっていたが、最後の一年間が出場なしでは、どんなチームであっても指名は出来ないだろう。

 これが普通なのだ。普通のことを普通に受け入れて、溶け込んで、そして学び、這い上がった時がスタートなのだ。

 今はまだ、スタートラインに立っていないのだ。

 挫けてないで立ち上がれ、そして、本当のスタートラインに立つのだ。









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