第35話 5発残ったトカレフの弾倉
赤坂見附交差点付近は大渋滞になっていた。外堀通りには救急車とパトカーの赤いランプが点滅していた。エクセルT急ホテルの駐車場出口に、乙川のメルセデスベンツが止まっていた。その下にベビーカーと若い母親の姿が見えた。母親はしっかりと子どもを抱いて亡くなっていた。見ていられないほど痛ましい姿だった。
ところが乙川は「俺のせいじゃねぇ! 車が壊れてたんだ!このクソ車め!」と怒鳴っていた。いくら理屈をこねても人が死んだ事実は変わらない。乙川は麴町署に連行されて、事情聴取を受けることとなった。
現職の衆議院議員が制服の警官に取り調べを受けるなどということは、多分初めてではないだろうか。
翌日、乙川本人を交えて現場検証が行われた。乙川は「駐車場から車を出そうとして出口まで来た時、右側からベビーカーを押してくる人が見えたので、ブレーキを踏みました。
だがブレーキが全く効きませんでした。ガツンと音がして、人とぶつかったのが分かりました。そのまま20メートルくらい進んだところで街路樹にぶつかって止まりました」と供述した。
警察官は車のフロントブレーキを確認した。すると、ディスクとブレーキパットの間に油が付いていた。キャリパーにも油が付いていた。わずかだがグリースが溶けないで残っていた。状況からみると整備した際、グリースが付いてしまい、ふき取ったが、わずかだけ残っていたまま走行した結果、残っていたグリースが溶けだして、ブレーキが効かなくなった。と結論づけられた。
整備記録を見ると2週間前に定期点検を受けていた。それから2週間も経ったのに、なぜ今日になってブレーキが効かなくなったのだろう。「誰かが故意にグリースを塗ったが後になって拭き取ったが、拭き取れないグリースが残っていた」と、考えなかったのだろうか。結局乙川は無過失責任とされ、刑事罰は適用されず、一億円の慰謝料で決着となった。
気の毒なのは死んだ親子だけじゃない。2週間前に整備をしたヤ〇セ自動車の整備士だ。
無過失責任は適用されず、懲戒解雇となった。
乙川は社会国民党に離党を申し出たが認められず、除名処分となった。
地元の有権者の信頼も失い、国会議員を辞職することとなった。
また議員という特権を失った結果、函館署と釧路署の合同捜査本部から事情聴取を受けることとなり、ついに事件の一切を自供した。
「釧路の正木という人から電話があって『一度も撃ったことがない処女銃があるけど、1千万円で買ってくれないか』と言われました。銃の種類は何ですかと聞いたら「トカレフだ、もし買ってくれるなら、別の処女を付けてもいぞ』と言われました。それで湯の川温泉で会うことになりました。
正木と会って実際にトカレフを見てみると、弾倉には5発しか弾が入っていませんでした。トカレフの弾倉には8発入るので、『一発も撃っていない処女銃なら8発あるはずだ、これは処女ではない、5万円なら買ってやる』と言いました、すると正木は『3回くらいなら新品同様だ、人間なら100回使ったって新品と言ってごまかすヤツはいっぱいいる』と言いました。『それなら使い心地を確かめる』と言って、1発撃ちました。それが運悪く、正木の腹に当たってしまいました」
「そこまではいいとして、別の処女とは何のことだ」
「分かりません。多分もっといいものと言うのですから、生きたものだと思います」
「ということは、あれのことか」
「はい、あれだと思います」
「それはいいとして、お前はトカレフだけが目的で函館まで行ったのか」
「せっかく函館まで行ったたので、息子の翔馬の顔を見に、加治良助の家に行きました。すると加治は『お前なんか顔も見たくない、とっとと失せろ!』と言いました。翔馬は『お前なんか俺の親父じゃない』と言って、どっかへ行ってしまいました」
息子にも逃げられるとは正に、自業自得というべきか。お天とう様は見ていたと言うべきか。
乙川が議員を辞職したことで衆議院に欠員が生じ、補欠選挙が行われることとなった。だが立候補したのは、乙川の秘書で元、京葉安保共闘の幹部、大河内であった。立候補したのは一人だけで、大河内は無投票で衆院議員となった。
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