第34話 二件の市外局番

 函館で発見された遺体の捜査陣に新しい動きがあった。湯の川温泉のホテルから、「遺体で発見された人は、うちに宿泊していた男性かも知れない」という通報があった。

 ホテルの人が宿泊客かも知れないと思ったのは、二泊の予定で宿泊した男性が、「散歩に行ってくる」と言って出ていったきり、帰ってこないというのだ。


 ホテルの人に遺体を確認してもらったところ、宿泊していた客であることが確認された。

 宿泊者名簿には、文京区 目白台 一丁目 田中角栄 と書かれていた。

 まぁ、これは偽名だろう。茶目っ気のある人のようだ。


 部屋には旅行バッグと、ハンガーに吊るされたジャケットが残されていた。

 バッグの中には身元を確認できる物は入っていなかった。

 ただ、ジャケットの胸のポケットに、電話番号が書かれたメモが入っていた。

 手掛かりになりそうなものは唯一、これだけであった。

 電話番号は5件あった。その4件のうち市外局番が書いてあったのは 2件で、 03と0138が付いていた。

 0138は函館の市外局番で、03は東京の市外局番なので、この二つの番号は、函館以外の場所から掛けるためのメモのようだ。


 そこで、0138の番号に掛けてみた。するとその番号は、届け出てくれたホテルの番号であった。とすればこの番号をメモしたのは、函館以外の場所から、このホテルを予約する時のために書いたようだ


 もう一つの03で始まる番号をNTTに依頼して確認したところ、この番号の所有者は衆院議員の乙川の事務所であった。


 釧路署と函館署の合同捜査本部は、〆一組の黒川が見せた週刊誌の写真から、衆院議員の乙川が銃を所持していると睨んでいた。だが相手は衆院議員だ。物証がないまま捜査に踏み込めば、新たな問題が起きかねない。

 だがこの電話番号で、乙川が何等かの形で事件に関与している可能性が高まった。


 そこで残った3件の番号に掛けてみることにした。ところが電話に出たのは三人とも全部函館の人で、事件とは関係なさそうな、幼稚園と養老院と火葬場であった。


 全国には市外局番が違うだけで、同じ番号の電話はいっぱいある。

 やっぱりこのメモは函館以外に住む人が書いたようだ。

 そこで念のため、釧路の市外局番の0154を付けて掛けてみた。


 すると1番目の番号はすでに解約されていた。2番目の番号は留守番電話になっていた。そこで「返電を下さい」と言って、函館署の番号を伝えた。


 3件目の番号に掛けると「BAR銀馬車でございます」と言った。電話に出た人に「函館警察署です」と言うと「正木ちゃんのことかしら?」と言った。


「もう少し詳しく聞かせて下さい」と言うと「先週、馴染みの正木さんが来て『この拳銃が千万円に化けそうなので函館に行ってくるけど。上手くいったらお前をハワイに連れてってやるから待っていろ。何かあったらここに電話しろ」と言って、電話番号を教えてくれたので、待ってたんだけど、何にも言ってこないから、教えてもらった番号に掛けてみたら『正木さんという人は泊まってません。ただ田中角栄という人がいなくなったので、警察に知らせました』と言ったので、いつもの通リだな、と思ったわよ」と言った。


「いつもの通リとはどういうことですか」と聞くと「正木ちゃんは付けにする伝票にサインするとき、田中角栄って書くのよ、バカみたい」と言った。

と、そこに留守番電話の相手から返電があった。その人は「電話を頂いた釧路の川村倫太郎です」と言った。釧路の川村と言えば、銃弾を撃ち込まれた家の人だ。


 これで釧路で起きた銃弾撃ち込み事件の犯人は正木という男で、暴力団かだれかに拳銃を売りに湯の川温泉に行ったところ、何等かのトラブルが起きて殺された、と断定された。

と、そこに「乙川が人をひき殺した!」というニュースが帯び込んできた。




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